6-(7) 食べられた18箇所

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「たとえば、通りかかりにちょっと脅かして狐を巣から追い出したとする。別に殺したわけでもないし怪我をさせたわけでもない。それでも、巣を追い出したというたったそれだけのことで狐は恨みを持って取り憑いてくるのだ。取り憑かれた者は次第に奇行なふるまいをするようになり、日常生活が送れなくなり、心身の病に罹ってしまう。その時点でどんなに謝っても許してはもらえず、どこに逃げても執念深く追ってこられて、最後には狂乱してむごたらしく死んでいく。日本中にそういう逸話がいくつも残っておるのだぞ」 「そんな昔話はどうでもいいです」 「昔話ではない。私も今までに何度か狐憑きを祓ってきた。間に合わずに依頼人が死んでしまったこともある。あやつらは、バカにされたり石を投げられたりといった些細なことに仕返しをするうちに、人をいたぶることそのものが楽しくなってエスカレートしていくのだ。酷薄で陰険なタチの悪いあやかしなのだぞ」  友哉は不機嫌な顔で首を振った。 「あきらはあきらです。ほかの狐のあやかしがどうだろうと、あきらとは違います。俺は5歳の頃から一緒に過ごしてきたからよく知っています。たとえあやかしの血を引いていようと、あきらの本質は優しくて怖がりな俺の弟です」  ハルは拝み屋の経験から狐のあやかしというものを語っている。  そして友哉も俺と過ごした年月の記憶から、それに反論している。  平行線の二人の会話を聞きながら、俺は少し違うことを考えていた。  狐のあやかしが自分の巣を追い出されただけでそれほど怒るなら、俺のお母さんはどうしてこの地を出て行ったんだろう。俺と近親相姦しないためだと雪華は言っていたけど、本当にそうなんだろうか。  俺にとっての『巣』は友哉だと思う。友哉と一緒ならどこでも生きていけるから。  お母さんにとっての『巣』は大賀見家の当主である道孝ではなかったのか。愛し合った男にも、その男との間にできた子供にも、まったく未練は無かったんだろうか。  ガ―ッと音を立てて引き戸が開けられ、雪華が青い顔で入って来た。 「おじさん」 「大賀見雪彦! 何か分かったか?」
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