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「三乃峰周辺は狼の気配が濃厚で、普通はこんな土地に妖狐が寄り付くことなど有り得ない。十年以上前に殺されたのが妖狐で、今回復讐しているのも妖狐だとしたら、そもそもなぜこれほど狼の臭いがする土地に狐のあやかしが現れたのか」
「狼の家の当主に妖狐が恋をしたから、かもね」
「は? 恋だと?」
ハルが怪訝な顔をする。
「うん、恋だよ。雪彦おじさんもそう思わない?」
「いや、まさかそんなはずは……。私は当主から、彼女は逃げたと聞かされた…」
「でも、ほかに大賀見家に縁のある妖狐がいる?」
「あきら……それってまさか」
「うん。殺されたのって、俺のお母さんじゃないかな」
「そんな」
友哉がショックを受けたように愕然とする。
ハルは腕を組んで俺を見た。
「久豆葉あきらの母親、久豆葉ヨウコは十年前に失踪したのだったな」
「うん……そう聞かされてきた。でも、この十年間一度も連絡がなかったんだ。手紙も電話も何ひとつ」
「もしそうだとして、現在復讐している方の妖狐は誰だ? 久豆葉あきらではないのだろう?」
「俺じゃないよ……だって、お母さんは生きていると思っていたし、今もはっきり死んだという確信があるわけじゃないし」
「そうだよ、あきらのお母さんが亡くなっているのなら早苗さんがそう言うはずだ」
「でも、早苗さんも生きていると信じ込まされていただけなのかも。お母さんが大賀見家に殺されているなら、隠蔽されているだろうし」
母が死んでいた。
その可能性が出てきても、俺に動揺は無かった。俺はあの人の顔よりも先に、友哉にもらったドラゴンハンターの缶を脳裏に描いた。顔を忘れてしまったわけじゃないのに。
母は色の白い美人で、俺とは違って髪は真っ黒だった。5歳までしか一緒にいなかったせいかもしれないが、母親らしい思い出は記憶の中にひとつも残っていない。
俺が子供だった頃に、欲しいものを与えてくれたのは母親ではなかった。抱きしめてくれたり頭を撫でてくれたり手をつないで歩いてくれたのは、幼馴染の友哉だ。一緒に遊んだり、歌を歌ったり、転んだ時におまじないをしてくれたのも、全部友哉だ。
俺にとっては、抱きしめてくれなかった久豆葉ヨウコや、性的に触れて来た久豆葉早苗よりも、よっぽど友哉の方が親みたいだった。
「どうしてあきらにばかり、そんなひどいことが……」
母親の死の可能性に対して、友哉は血の気の引いた顔をしている。
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