(1) 友哉の目に見えるもの

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 アパートの名前は『コーポ・サンフラワー』、築3年とまだ新しく、レンガ調の壁にレトロなランプ型の玄関灯という洒落た外観の建物で、一階と二階に2LDKの部屋が4室ずつある。今のところ誰の死体も見つかっていないのでまだ事故物件ではないが、これまでに6人の行方不明者が出ているという。 「その6人ってやっぱり」 「ああ、行方不明者全員なんだろうな……」  友哉が悲しそうに沈んだ声を出すのは、自分の目に見えるものが生者ではないと知っているからだ。 「……遺体の場所を探してあげないと」  あの怪異わちゃわちゃパーティー状態の中から6人もの幽霊を助け出して、さらに死体まで探し出すとなるとかなり面倒くさい作業になるな。  そう思ったけれど、優しい友哉の前ではもちろん口には出さなかった。 「うん、そうだよね」  ハルはどういうつもりで、俺達にこの話を持ってきたんだろう。教団の信者を何十人も使って派手に除霊するハルの方が、じっくりと霊と対話する友哉よりもこのケースには向いている気がするのに。 「6人はどんな様子? 俺達のこと気付いてる?」 「気付いてはいないみたいだ。こっちを見ていない」 「そっか……」  仮に遺体がどこかに埋められていたりする場合、6人も掘り出すのには相当な人手がいる。ハルに文句を言おうかとポケットのスマートフォンに手を伸ばした時、友哉が右手をこちらに差し出してきた。 「大丈夫だ、あきら。一緒なら怖くないだろ」  胸がきゅっとなる。  怖くて、ではなくて、嬉しくて。  俺は怖がるふりをしてその手を両手で握った。 「うん、ありがと。こうすると安心する」  怖がりで、甘えん坊で、手のかかる子供。  友哉は今でも、俺をそう思ってくれている。どれだけ背が伸びようと、いくら力をつけようと、何匹もの式狼を使いこなそうと、友哉にとっての俺はいつまでも臆病なガキのままだ。だから友哉は俺を守ろうとしてくれるし、実際に俺は友哉に守られていた。  握った手にギュッと力を入れる。 「俺から離れないでね、友哉」  視線は合っているようで微妙に合わない。黒い眼球にはちゃんと俺の顔が映っているのに、友哉は俺の姿を見ることが出来ない。 「安心しろ、ちゃんとそばにいるから」  友哉が俺に微笑んだ。  うっすら発光しているような輪郭と、同じ空間にいるだけで浄化されそうな澄んだ空気。  友哉は誰よりきれいだけれど、その事実を本人だけが知らなかった。
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