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「あきら、こわいものはいなくなったよ」
自分の声で、俺は目を覚ました。
フルカラーの夢から真っ暗な現実世界に戻って来て、ふっと息を吐く。
ベッドに座ったままあきらに寄り掛かるように眠ってしまったらしく、くっついた右側に安心するような体温を感じた。すーすーと優しい寝息がすぐそばから聞こえてくる。
起こさないようにそっと離れて、自分のスマートフォンを探す。どのくらい寝ていたのか、時間を知りたかった。でも、ベッドの上にも、横のキャビネットの上にもスマートフォンが無くて首を傾げる。
そう言えば、眠ってしまう前はずっと周りをウロウロしていた大雅たちの姿が見えない。俺の目には壁や床も見えないから、よほど遠くに行かない限り透過するように狼の姿が見えるはずなのに。
何か見えないかと思って真っ黒の視界に目を凝らすと、ぽ、ぽ、と青白い炎が二つ小さく灯った。
ドキン、と胸が鳴る。
青白い炎はまるで人魂みたいに、ふわふわ揺れながら近づいて来る。声も出せずに見つめていると、炎だと思っていた明かりはゆっくりと提灯の形になり、それを手に歩く二つの人影も見えて来た。
「え……父さん、母さん?」
二人とも白地に赤い縁取りの和風の衣装を着て、無表情に近づいてくる。正月や成人式に着るような普通の着物とは違っていて、どことなく平安貴族みたいな感じだ。こういうのは確か狩衣とかいうんだったか。
「どうしたの、変な服着て? 早めのハロウィン?」
父さんと母さんは俺の質問には答えず、しずしずとそばまで歩いて来て、提灯を掲げて腰を低くした。
父さんが口を開く。
「あきら様が凛々しい狐の姿を得られて立派に大人となられましたので、約束を果たすべく、お迎えに参りました」
俺は瞬きして父さんを見た。
「父さん?」
「あきら様が凛々しい狐の姿を得られて立派に大人となられましたので、約束を果たすべく、お迎えに参りました」
母さんまで変なことを言い出して俺は顔をしかめた。
「何だよ、母さんまで」
「あきら様が凛々しい狐の姿を得られて立派に大人となられましたので、約束を果たすべくお迎えに参りました。あきら様が凛々しい狐の姿を得られて……」
父さんも母さんもうつろな目で同じ言葉をリピートし始める。
「なに、気持ち悪いことやめろよ」
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