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いつも通りに偉そうな口調で、蓮杖ハルがそこで腕を組んで立っていた。
顔だけは整っているその女が、今だけは神々しく見えてくる。
「ハルー、遅いよ! そもそもあーゆー類いはハルの管轄だろ?」
シートベルトをはずして、助手席側のドアへ手を伸ばす。
「ハルさんが来たのか?」
友哉の問いに、俺の手がピクリと止まる。
「え……? 今の、聞こえなかった?」
「今の?」
「ハルの声」
「いや? あきら以外の声は聞こえないけど?」
「どうした、久豆葉あきら! 早くあけてくれ!」
ぎくりとして窓越しにハルを見上げる。偉そうに俺を見下ろす法衣姿の女は、どこからどう見てもハルにしか見えない。
でも。
俺は友哉の肩をつかんで、そいつを睨んだ。
「お前、誰だ?」
「え? 誰って?」
友哉の驚く声に重ねて、そいつが外から睨んでくる。
「何を言っている。すぐに開けなさい」
バシンとそいつの手が窓を叩いた。
「何の音だ?」
友哉がぎくりと横を見る。
「倉橋友哉! ここを開けてくれ!」
ハルの目がぎょろりと友哉を見て、両手を窓につく。
「友哉、窓の外の声は聞こえないんだよね」
「ああ、何も」
「じゃぁ、顔をこっちに向けていて」
「え? あ、ああ」
友哉がこっちを向くのに合わせて、ハルに似たそいつがゆっくり車を回ってくる。
この自称神様は相手にドアや窓を開けてもらわないと入ってこられないのか?
さっきのアパートの部屋だって、玄関は開いていたのに、わざわざ窓を開けろと言ってきた。
「開けなさい、久豆葉あきら」
今度は運転席側から、そいつが窓を叩いた。
「嫌だ」
俺が睨みつけると、ハルにしか見えないそいつは車のまわりを歩きながら、バン、バン、と車体を叩き始めた。
「あけろ、あけろ、あけろ、あけろ」
あの女の子と同様に、偏執的に同じ言葉を繰り返し始める。
「あけろ、あけろ、あけろ、あけろ」
怖いというより気持ちが悪い。
「あきら? この音は? 何かいるのか?」
「ハルに化けたやつが窓をバシバシ叩いてる」
友哉は気味悪そうに周囲を見回す。
「俺には何も見えないけど……」
「大雅! 連翹!」
俺の呼びかけに答えて、二匹の狼が飛び出していく。彼らには壁もドアも関係ないから、車体をすり抜けてハルの姿をしたものに襲い掛かり、牙を突き立てた。
ぱさり、とそいつが砂のように消える。
「あーけーてー」
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