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俺と雪華はハルに言われて、そこへ意識を向けた。
「本当だ。何かあるな」
雪華がうなずく。
ベッド近くの床の上に人の背丈ほどの歪みを感じる。
「何だろうか。違和感を覚えるが、はっきりとは……」
雪華が難しい顔で首を傾げる。
俺はそれをじっと見る内に、中に入れそうな気がしてきた。
「あ……もしかして、出入口かも?」
「そうか、久豆葉あきらにはそう感じるか」
「あ、ああ、なんとなくだけど」
ハルは促すような手振りをするので、俺はその歪みへ手を差し伸べてみた。
「うん……やっぱり、なんとなく入れそうな感じが……」
空間の歪みから、かすかに何かが匂った。英司の死体から感じた匂いと同じで、どことなく懐かしい感じがした。
俺がもう一歩前へ踏み出すと、ふいに引き寄せられるようにするりとそこへ入っていた。
「うわっ」
いきなり視界が暗転し、まっすぐに伸びた夜道の真ん中に立っていた。どこまでも続くような長い道の両側に、青白い人魂みたいな光が一定の間隔をあけてずらーっと並んでいる。
「久豆葉あきら? どこへ行った?」
ハルの慌てた声が後ろから聞こえてきて、俺も慌ててそちらへ足を戻す。たった一歩後ろへ戻っただけで、俺はまた病室の中に立っていた。
「おわ、明るい」
「何と! 一瞬消えたように見えたぞ」
雪華とハルが口を開けて俺を見ている。多分、俺も同じような間抜け面をしているはずだ。
「な、なにこれ」
「何が見えた?」
「この歪みの先に、道があった」
「道?」
「うん、夜みたいに暗い道で、ゆらゆらした人魂みたいなものがこう、ずらーっと並んで照らしていた」
ほうっとハルが息を吐いて、目を輝かせる。
「それは狐火だ」
「いや、火っていうか青っぽかったけど」
「それこそ狐火だ。狐火に照らされていたのなら、これは狐のけもの道だぞ! おお……まさかこの目で拝める日が来るとは」
ハルは興奮したように叫んで前へと足を踏み出したが、そのまま通り過ぎて病室の端に行っただけだった。すぐにもとの位置に駆け戻って再チャレンジしたけれど、ハルは道に入ることは出来なかった。
「もしや狐しか通れないのか? 試してみてもらえるか?」
ハルの視線に促されて雪華も試したが、やはり道には入れなかった。
「叢雲、碧空、入れるか?」
雪華の指さす方へ二匹が走り出し、そのまま通り過ぎて廊下へ出てしまう。
「戻っておいで」
苦笑しながら、雪華は二匹を自分の中へ戻した。
「やはり、狐の道は狐しか通れないものらしいな」
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