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7-(3) 清らかなお人形さん
青白い狐火に仄明るく照らされた夜道へ足を踏み出すと、狐火はゆらりと揺れて提灯を掲げる人影になった。だが、俺がそちらに意識を向けるとまたゆらりと揺れてただの青白い炎に戻る。視界の端にちらちらと何者かが映り込むようで薄気味悪かったが、俺は無視して走り続けた。
走り出した時は果てしなく長い道に見えたのに、いきなり眩しい日の光が顔に当たって、しぱしぱと瞬きする。
「どこだ、ここ?」
俺はいつの間にか道を抜けたらしく、目の前に大きな洋館が建っていた。
青い空に映える赤い尖塔、車を回すための円形の庭と屋根付きの玄関ポーチ。まるで洒落た別荘かホテルのようで、さっきまでいた夜道との落差に驚く。
ここに友哉がいるのか?
「友哉―!」
叫んで俺は洋館を見上げた。上部がアーチ形になっている窓がいくつも連なっていて、その内のいくつかに人影がちらりと見えてカーテンが揺れた。
俺は円形の庭をまっすぐ突っ切って玄関ポーチへ行き、華美なステンドグラスが施された両開きの扉のノブをつかんだ。
カチャリ。
壊してでも入るつもりだったが、意外なことに扉に鍵はかかっていなかった。
「友哉! 友哉!」
土足のままで入り、広い玄関ホールを見回した。二本の太い柱があって左右に廊下がつながっているけど、右側の奥はすぐに行き止まりになっていて勝手口のような小さなドアが見える。左側の廊下は長く、一番奥には草花の浮き彫りが施されたドアがあり、その横には壁が途切れている部分がある。曲がり角か階段がありそうだけど、ここからは見えない。
「おい、誰かいないのか」
玄関ホールに俺の声が反響する。何となくざわざわとした人の気配のようなものがあるのに、誰ひとり出てこない。
どちらに向かうか一瞬迷ったが、柱のすぐ後ろにドアを見つけたので飛びついて開けると、そこはキッチンになっていた。玄関を入ってすぐキッチンなんて変わった造りのような気がするが、豪邸に住んだことは無いのでこれが普通なのかよく分からない。
レストランみたいに設備が充実していて、ついさっきまで誰かが料理していたかのようにあちこちに鍋や包丁や切られた野菜などが放置されている。
その本格的なキッチンを突っ切り、入って来たのとは違うドアを開くと、そこは食堂につながっていた。パーティでも開けそうなほどの広さで、シャンデリアと暖炉と窓枠が同じ花の彫刻で装飾されている。中央に置かれた長テーブルには湯気の立っている料理が整然と並んでいて、やはりさっきまで誰かいたような気配がするのに誰も姿を見せない。
こういうおとぎ話というか昔話があった気がする。迷い込んだ屋敷から何かひとつ食器を持って帰ると、金持ちになるとか幸せになるとか。
俺は自分の思い付きに苦笑した。
そんなもの、俺はいらない。友哉さえ連れて帰れればそれでいい。
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