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支度部屋から直結している浴室は、庭に面して横に広く、サンルームのようにガラス張りで、細かな幾何学模様のタイルが敷き詰められていた。ガラスの向こうに見える庭は色とりどりに花が咲き乱れ、その向こうは高い木立に囲まれている。
カチャリ。
小さな音を立ててフランス窓を開くと、友哉が歌うのをやめてこちらを見た。
目が合う。
「あら、あきらちゃん」
友哉は嫣然と微笑んだ。
「大きくなったわねぇ。惚れ惚れするほどのいい男ぶりじゃない」
一瞬、脳がバグったのかと思った。
目の前にいるのは友哉なのに、その唇から出る言葉は友哉のものじゃない。
「友哉……?」
靴を履いたままで浴室に降りると、ぴちゃっと足元で水が跳ねた。
かまわずに足を進めてバスタブにいる友哉の頬に手を伸ばす。周囲にいる影どもが、警戒するように立ち上がったが、友哉は片手を払ってそいつらを退けた。
俺が頬に触れると、友哉は猫のように顔を擦り付けて来た。
「会いたかったわ、あきらちゃん」
「友哉? えっと、何で? どうしてさっきから変なことを言っているの……?」
問いかける俺の声が震えていた。
お前はメンタルが弱いと言ったハルの顔が、ちらりと脳裏をかすめる。
「変なこと? どうしたのよあきらちゃん、私が誰か分からない?」
友哉は俺の首に濡れた手を回して来て、まつげを伏せ、誘うように顔を寄せてくる。俺は思わずその手を振り払った。
「ふふふ、ご機嫌斜めね。十年間も放って置いたことを怒っているの? それともこちらからすぐに迎えに行かなかったこと? 本当はね、かつての力をすべて取り戻してから、憑代が要らなくなった本当の姿で迎えに行こうと思っていたのよ」
「よりしろ」
声がかすれた。
「そうよ、16人も食べたのに、あいつらの持つ霊力は残念なくらいに薄くて、ぜんぜん私の妖力の足しにならないんだもの」
「16人たべた」
「あと何十人か処女でも食べたら力も戻ると思うんだけど、同じところから何人も人が消えるとまた騒ぎになるじゃない? もう今日も警察やらマスコミやらが集まって来てうるさかったのよ。追い払ったけど」
思考が真っ白になってしまって、友哉の言っていることが頭に入ってこない。
「なにその間抜け面。ああ、分かったっ」
友哉が両手をパチンと叩く。
「いずれ食べようと思っていたこの子を私に取られたから怒っているんでしょう? 分かるわ、この体ってきれいで美味しそうだものねぇ。でも、言っておくけどこれは私が十年前から目をつけていた体なの。ちょうどいい器ってなかなか見つからないんだから」
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