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友哉は左手をバレエの振り付けみたいに上げて、右手の指先でその腕をするりと撫でてみせた。胸元や首筋の細さを強調するように、角度を計算して俺に裸体を見せてくる。
「このくらい細ければ女物でも入るでしょ。私だって、こんな傷だらけの体より無垢な女の体の方がいいのよ。でも贅沢は言っていられないわ。今まで入っていた体は好きな格好が出来なかったし、十年も使ったから相当くたびれてきちゃったのよ」
友哉が浴室の一角を顎で示した。
40代くらいの男がタイルの床に横たわっていてぎくりとする。その服も髪も濡れてしまっているが、男は何も考えていないかのようにうつろな目を天井に向けてピクリとも動かない。
「だ、れ……?」
「ああ、会ったことなかった? 大賀見道孝よ」
「おおがみみちたか」
確かに、その髪は俺と同じ薄茶で、その顔立ちもどことなく俺に似ている。
こんな風に初めて会うとは思ってもみなかった。
大賀見家の当主、大賀見道隆。狐の女と不倫して子供まで作って、その息子の力が手に負えないと分かると、さっさと息子を切り捨てた情の無い男。
道切りの結界で俺達を御前市に閉じ込めさせ、臍の緒の封印で俺の力を半減させ、しつこく式狼を放って俺を殺そうとして、雪華に命じて呪詛まで作らせたくせに、俺の力が予想よりはるかに大きいと知ると手のひらを返して雪華を生贄に寄越した。
すべての元凶、すべての根源である冷酷で姑息な男……のはずなのに、そこに横たわる男は今、死人みたいに動かない。
「生きてる……?」
「さぁ、息はあるんじゃない?」
友哉の声が信じられないほど酷薄なことを言って、友哉の顔が信じられないほど酷薄な表情をする。
俺はくらりとして、片手で額を押さえた。
ああ、なんだろう。
頭が痛いし吐き気がするし、とてもまともに思考できない。
だめだ。むりだ。何も理解できないし何も理解したくない。
俺はぐらぐらとする頭を振った。
「意味、わかんないよ……」
「どうしてそんな顔をするの? やっと会えたのよ。嬉しいでしょう。嬉しいと言っていいのよ」
何も嬉しくなんかないのに、俺の口が勝手に動いて勝手に声を出した。
「うれしい」
「ええ、私も嬉しいわ。あきらちゃんは本当に良くやった。よしよし、褒めてあげるわ」
友哉の手が俺の頭を撫でる。いつもなら嬉しくてたまらないのに、今はぞわりと嫌な感じがした。
「この忌々しい狼憑きの家の血を引かせた甲斐があったっていうものよ。狼の家の者と交わるなんて身の毛もよだつ思いだったけど、ああ、嫌な思いをしてもあなたを生んで良かった。ほんと、こんなことを思いついた自分を褒めてあげたいくらいよ」
頬がひくりとひきつる。
目の前で起こっていることを認めたくなかった。
「あきらちゃん。ほら、私を呼んでみて」
「……ともや」
「もう、ふざけていないでちゃんと呼んでよ。お母さんって」
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