7-(3) 清らかなお人形さん

7/12

31人が本棚に入れています
本棚に追加
/370ページ
「それが十年前、あきらちゃんが5歳の頃ね、道孝に狐の姿を見られて状況は一変した。私は大賀見の一族に捕まえられ、身動きできないように狼の骨を仕込んだ縄で縛られた。そして、18匹の式狼に生きながら喰われたのよ」  友哉の目が怨念のこもった暗い色を(たた)えてギラリと光る。  絶対に友哉がしない表情を見せられて、嫌で嫌でしょうがないのに、俺は嫌だと声に出せなかった。 「私は食べられながらも、どの狼が私の体のどの部分を食べたのか、どの狼が誰の式なのかをしっかり目に焼き付けた。そして完全に消滅させられる前に、一部始終を泣きながら見ていた道孝の魂に取り憑いてやったのよ」  十年前に殺された『狐』も、昨夜一晩で15人を殺して回った『狐』も、どちらも俺の母親・久豆葉ヨウコだった。自分の体に狼どもの牙をつきたてられながらも、それを克明に記憶して、十年の歳月を経て執念深く復讐を成し遂げたなんて……。  この十年間、友哉の優しさに甘えて人として育ってきた俺には、想像もつかない世界だった。 「道孝の中に入り込んで、私はその後のことも全部見ていたの。一族はあきらちゃんも殺すように式狼に命じたけれど、大賀見の血を引いているあきらちゃんを狼達は食べようとしなかった。直接ナイフをつきたてようとした者もいたけど、あきらちゃんに魅了されてナイフを取り落としたのよ。まだ幼いのにもう魅了の力が使えるなんて、さすが私の息子だと誇らしかったわ」  その話は雪華から聞いていた。俺を直接殺せないと悟った大賀見家は、俺を御前(みさき)市に閉じ込めて、結界の外側から式狼を放って襲わせることにしたと。  それから十年間、俺と友哉は『あれ』の襲撃に怯え続け、普通の子供が過ごすような普通の青春を体験することは叶わなかった。 「密かに道孝の体に入った私が表立ってあなたを育てることは出来なかった。けれど、私の思い通りに、あなたは大賀見家を憎んでくれたわね。こちらから命じなくても、私の思い通りに『狼はがし』を始めた時には、心の中で拍手喝采を送ったものよ」 「思い通りに……」 「そう、いかに大賀見家が卑劣で愚劣で滅亡に値する一族なのかを直接私があなたに教え込む機会は奪われてしまったでしょ。だから、定期的に襲い続けるように道孝の口で命じたの。あきらちゃんの心の中に大賀見家への憎しみがちゃんと育つように」  言っていることの意味が頭に入ってこない。 「……お母さんが、俺を襲わせた……?」
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加