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友哉は体だけではなく、魂まで傷付いていると雪華が言っていた。だから、長くは生きられないと……。
「私がこの子の幼くて柔らかい心に強く刻んだの。あきらちゃんが大人になるまで、命懸けであきらちゃんを守るようにって」
崩れていく。
俺の信じたものが全部崩れていく。
体は座っているはずなのに、ソファの革張りの感触も床の冷んやりした感触も、何もかもが崩壊して奈落に落ちていくような感じがする。
「あきらちゃんも妖狐の力を使って、上手に命令が出来るようになったみたいねぇ。三乃峰総合病院に人を集めて、この子と同じことをさせたでしょう? 自分の身代わりとして狼の攻撃を受けさせるために数百人もの人間を操るなんて、ほんっとスペクタクル。さすが私の息子ね。ああ、私も近くで見たかったわぁ」
友哉の声ではしゃぐそいつを見るのは、気持ち悪くてたまらない。
俺はまだ悪あがきに質問を重ねた。
「友哉は自分の意思で、望んで俺を守っていたんじゃないの……?」
「ええ、もちろん望んでいたに決まっているわ。妖狐に身を捧げることは、人間にとっては喜びでしょう」
両目からジワリと涙が溢れてくる。
友哉が俺の唯一だったのに。
友哉がくれる愛情だけが、俺の本物だったのに。
「友哉……」
友哉までもが偽物だったというのならば、この世には誰一人として久豆葉あきらを愛する本物はいないということになる。
「どうして泣くの、あきらちゃん。あきらちゃんも幸せでしょう? お母さんの役に立ててこれ以上ないくらいに幸せなはずだわ」
俺の目をじっと覗き込んでくる目の妖力に、やっと俺は気付いた。
俺の母親は妖狐だ。俺と同じで周囲を魅了して操る力を持ち、今も、この母親は息子である俺を操ろうとしているんだ。
「ほら、とっても幸せだよって声を大にして言っていいのよ、あきらちゃん」
俺は目を閉じてぶんぶんと首を振った。
「お母さん、やめて」
「なぁに、あきらちゃん」
「俺を操ろうとしないで」
友哉の姿をしたそいつはきょとんと俺を見返した。
「操ってなんかいないわ。誰だって私の役に立てれば幸せなはずなんだから」
妖狐は常に周囲を魅了する。だから、周りが自分の思う通りになるのは妖狐にとっては当たり前のことで、相手の感情が本物か偽物かなんて深く考えもしないんだ。
「幸せでしょう? あきらちゃん」
「相手の心を操って、『幸せです』とむりやり言わせて、そんな偽物に囲まれて何が楽しいの?」
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