7-(3) 清らかなお人形さん

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「嫌だわ、母親にそんな口をきいて。狼憑きの血のせいね」  友哉に取り憑いたそいつが、刺すような冷たさで俺を睨んだ。  友哉の優しい顔がそんな表情をつくれるということに驚き、強烈な嫌悪感を覚える。  この十年間、俺に注いでくれた愛情がたとえ人形(ひとがた)としてのものだったとしても、優しい表情や優しい仕草や優しい声はすべて友哉本人のものだった。  この下衆(げす)な女のつくる表情を見れば見るほど、どれだけ友哉の資質が得難(えがた)くきれいなものだったかを思い知る。  たとえば、友哉ではなく他の誰かが人形(ひとがた)として俺を守っていたとしたら、俺は友哉と同じように、そいつのことを想っただろうか。  きっと、違う。  それが友哉だから俺はこんなにも強く魅かれたんだ。  それが友哉だから、俺はこんなにも愛しているんだ。  やっと分かった。  偽物とか、本物とか、そんなのどうだっていい。  友哉がいい。  俺は友哉がいい。  友哉しか要らない。 「お母さん、友哉を返して」 「はぁ?」 「友哉の体から離れて」 「あきらちゃん」  呆れたようにため息を吐き、友哉に取り憑いたそいつはニヤリと笑った。そして、(なま)めかしい仕草で俺の頭を撫でてくる。 「あきらちゃん、私を見て。私の目を見なさい」 「お母さんこそ、俺の目を見て。奥まで見つめて」  妖狐の力によって魅了されているということが分かれば、同じ力を持つ俺にも対抗できないはずがない。  友哉に取り憑いたそいつの目を、俺はまっすぐに見つめ返した。口角を引き上げて、瞳に力を込め、魅力的に見える角度で魅力的に見える形に微笑んで見せる。  力と力がぶつかってジジジッとショートしそうな感じがした。 「あきらちゃん、お母さんの役に立てて幸せでしょう?」 「友哉を返して」  バチバチと視線と視線がぶつかる。 「あきらちゃんはお母さんの役に立つために生まれてきたのよ」 「友哉の体から離れて」  互いの妖力が反発して、パシリと弾けた感覚があった。  友哉の姿をしたそいつが、むっと不機嫌そうな顔になる。 「どうしてよ。なんでそこまで……」 「友哉は俺のものだから」 「あきらちゃんのもの? 違うわ。これは十年前から私のものよ」 「違う」  俺は友哉の顔に手を伸ばした。 「友哉のこの目も、この頬も、この鼻も、この唇も、全部俺のものだよ。友哉の優しい笑顔も、優しい声も、優しい体温も、全部俺のものだよ」
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