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「それからね、戌孝に奪われたものを全部取り戻すの。この土地の支配者の地位も、殺された眷属も全員復活させて……」
そこまで言って、そいつはふっと皮肉気に唇を歪めた。
「ああ、そういえば眷属は無理ね」
友哉の姿をしたそいつは、ぐるりとまわりに視線を動かした。
人ではない影が何人も身を低くして控えている。
「この子達、顔が見えないでしょ」
神職のようなおそろいの和服を着ている彼らは、どの角度から見ても影のようになっていて顔がよく見えない。
「思い出せなかったのよねぇ、私」
くっくっくっと友哉に取り憑いたそいつが笑う。
「大賀見戌孝の顔は今でもくっきりと頭の中に思い描くことが出来るのに、殺された眷属たちの顔は薄い影みたいにはっきりしなくて、誰一人思い出すことが出来なかった。私がこの土地に復活すれば自然と眷属も戻ると思っていたけれど、顔も名前も思い出せないんじゃそれは無理な話だったというわけ」
友哉には似つかわしくない酷薄な表情で、くすくすと笑う魔物。
もう、見ていたくない。
「お願いだから、友哉から離れて」
「いやよ」
「お母さんを、この手で殺したくない」
母親への思慕などもう無いけれど、俺が母親を殺すような魔物だと友哉に知られたくなかった。
「あきらちゃんに私は殺せないわよ。半分人間の血が流れるお前には、私を殺せるだけの力なんて無いんだから」
「俺には狼がいる」
「はっ、十年前の大賀見家と同じことをするつもり? 無駄よ、また同じことを繰り返すだけ。狼に食べられるのはこの体だけで、私はまた違う奴に取り憑いて生き延びてやるわ」
それは分かっていた。俺の狼は今、友哉を探すために全頭放っていてここには呼び出せない。でも、もし呼び出せたとしても、友哉の体を襲わせることなんて俺には出来なかった。
「お母さんが何をしたっていいよ。この土地を支配しようが、処女を何人殺そうが、そんなの勝手にすればいい。でも、友哉だけは俺に返して」
「無理よ」
「なんでだよ」
「だって、食べちゃったもの」
そいつはぺろりと舌を出して、唇を舐めた。
「この子の魂、もうとっくに食べちゃったもの」
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