7-(4) 呪いを終わらせる

4/9
前へ
/370ページ
次へ
 目を吊り上げた女が後ろで仁王立ちしている。 『いったい何の茶番よ! どうやって私を追い出したのよ! ただの人間が、私との約束を反故(ほご)にできるはずがない……! それは私の体、私の憑代(よりしろ)でしょうが! 十年前に約束を交わしたのに、何で……!』  ヒステリックに叫ぶ若い女は俺の母親のはずだが、本当にそうなのかはっきり分からなかった。色白で長い黒髪で十年前と同じ顔をしているようだったが、以前とは違って、まったく美しくは見えなかった。  きっと絶世の美女なんだろうし、誰が見ても最高の美貌の持ち主なんだろうけど、きれいな友哉を見慣れた俺の目には、醜悪な化け物にしか見えなくなっている。 「魂を食べたって、嘘だったんだな」  俺は女を睨んだ。 「タマシイ? 怖い夢の話か?」  友哉がきょとんとする。 『食べちゃうと体が死んで腐っちゃうんだもの。でも、同じことでしょ? 私が憑代(よりしろ)として使っている内に数年で消耗しちゃうんだから』  女は悪びれずに言った。 『どうやったのか知らないけれど、さっさとその子の体を返してよ』  俺はきれいな友哉の胸に抱きついて、ぎゅっと顔を押し付けた。 「やだもん、友哉は俺のお兄ちゃんだもん」 『はぁ? その幼児語なんなの?』 「うわ、重っ。なんだよ、でっかい子供だな」  女と友哉の声が重なる。  俺はさらに強く友哉に抱きついた。 「俺、子供じゃないもん」 「子供じゃないなら抱きつくなよ」 「うー、じゃぁ今だけ子供ってことでいいよ」 「あははは、なんだよそれ。いくら背が伸びても、泣き虫だし甘えただし、やっぱあきらは子供だよな」  女の顔がぐわっと般若みたいに歪んで友哉を見下ろした。 『まさか……まさか、そういうこと? あきらが大人になるまで守ると、そういう約束だったから? あきらがまだまだ子供だから人形(ひとがた)の約束が続いているとでも言いたいの?!』  女がギャーギャー喚いているのに、友哉の口元は微笑んでいて指先が俺の眉間に触れて来た。 「バクさん、バクさん、悪い夢を食べてください」  トントントンと優しく叩かれ、嬉しすぎてまた嗚咽が漏れそうになる。 『なにそれ? 子供だましもいいところだわ』 「どうだ、あきら? 効き目あったか?」  冷たく見下ろす妖狐ときれいな笑みを見せる友哉を見て、俺は理解した。  俺が大人になるまで守るようにと、友哉は妖狐に約束させられた。  でも、その守り方は、妖狐のやり方じゃなかった。  その愛し方は、妖狐のやり方じゃなかった。  友哉は友哉のやり方で俺を愛してくれていたんだ。 「友哉、俺のこと好き?」
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加