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目を吊り上げた女が後ろで仁王立ちしている。
『いったい何の茶番よ! どうやって私を追い出したのよ! ただの人間が、私との約束を反故にできるはずがない……! それは私の体、私の憑代でしょうが! 十年前に約束を交わしたのに、何で……!』
ヒステリックに叫ぶ若い女は俺の母親のはずだが、本当にそうなのかはっきり分からなかった。色白で長い黒髪で十年前と同じ顔をしているようだったが、以前とは違って、まったく美しくは見えなかった。
きっと絶世の美女なんだろうし、誰が見ても最高の美貌の持ち主なんだろうけど、きれいな友哉を見慣れた俺の目には、醜悪な化け物にしか見えなくなっている。
「魂を食べたって、嘘だったんだな」
俺は女を睨んだ。
「タマシイ? 怖い夢の話か?」
友哉がきょとんとする。
『食べちゃうと体が死んで腐っちゃうんだもの。でも、同じことでしょ? 私が憑代として使っている内に数年で消耗しちゃうんだから』
女は悪びれずに言った。
『どうやったのか知らないけれど、さっさとその子の体を返してよ』
俺はきれいな友哉の胸に抱きついて、ぎゅっと顔を押し付けた。
「やだもん、友哉は俺のお兄ちゃんだもん」
『はぁ? その幼児語なんなの?』
「うわ、重っ。なんだよ、でっかい子供だな」
女と友哉の声が重なる。
俺はさらに強く友哉に抱きついた。
「俺、子供じゃないもん」
「子供じゃないなら抱きつくなよ」
「うー、じゃぁ今だけ子供ってことでいいよ」
「あははは、なんだよそれ。いくら背が伸びても、泣き虫だし甘えただし、やっぱあきらは子供だよな」
女の顔がぐわっと般若みたいに歪んで友哉を見下ろした。
『まさか……まさか、そういうこと? あきらが大人になるまで守ると、そういう約束だったから? あきらがまだまだ子供だから人形の約束が続いているとでも言いたいの?!』
女がギャーギャー喚いているのに、友哉の口元は微笑んでいて指先が俺の眉間に触れて来た。
「バクさん、バクさん、悪い夢を食べてください」
トントントンと優しく叩かれ、嬉しすぎてまた嗚咽が漏れそうになる。
『なにそれ? 子供だましもいいところだわ』
「どうだ、あきら? 効き目あったか?」
冷たく見下ろす妖狐ときれいな笑みを見せる友哉を見て、俺は理解した。
俺が大人になるまで守るようにと、友哉は妖狐に約束させられた。
でも、その守り方は、妖狐のやり方じゃなかった。
その愛し方は、妖狐のやり方じゃなかった。
友哉は友哉のやり方で俺を愛してくれていたんだ。
「友哉、俺のこと好き?」
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