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俺がそう言うと、友哉は右手をこっちに伸ばして俺の腕を触って来た。
「大丈夫だ。こうして触われる。あきらも俺も幻覚じゃない」
「友哉」
「俺はアパートのあの子達みたいに迷ったりしないし、もしはぐれてしまっても俺が必ずあきらを見つけてやるから」
いきなりガクンと車体が左右に揺れた。
「うわっ」
友哉がよろめく。
「友哉!」
車体がさらにぐらぐらと激しく揺れ始める。
もちろん地震なんかじゃない。
車のすべての窓にびっしりと貼り付く無数の手が見えた。
あけてー、あけてー、という子供の声が、合唱みたいに声を合わせて上下左右から聞こえてくる。
友哉の顔色が蒼い。
「やめろ!」
俺は叫んだ。
「何回開けろと言ったって、俺はドアも窓も開けない!」
ぴたっとすべての騒音が止んだ。
友哉の喉がこくりと鳴る。
「それを置いて行け」
運転席側の窓から、そいつが言った。
「それを置いて行けば、お前だけは助けてやる」
血の汚れの隙間から覗いてくるぎょろぎょろとした目玉と目が合った。
「友哉、こっちに来て」
「え」
そいつに見せつけるように、助手席の友哉の上半身を引っ張り抱き寄せる。
「俺は最後まで友哉と一緒にいる。絶対に離れない」
絶対に、渡さない。
友哉は絶対に渡さない。
もしも奪われるようなことになるなら、俺は……。
目の前の細い首を見下ろす。
その首に残る深い牙の傷跡を見る。
友哉はなだめるように俺の背中を撫でてきた。
「大丈夫だ、あきら。きっとハルさんは間に合うよ」
『あきら! あきら! そこにいるのか?』
友哉の声に重ねるように、友哉の声がした。
運転席側の窓ガラスを手のひらでこすり、血の手形を拭って外から友哉が顔を覗かせる。
『ああ、あきら、無事だったか。良かったぁ……』
友哉はドアの外から、まっすぐに俺を見てニコッと笑った。
『あのアパートをひとりで突っ走って出て行くから、ほんとに心配したんだぞ。良かった、追いついて』
ハァハァと息を切らしながら、額の汗をさわやかに拭う。夏の日差しが似合う健康的な少年が、窓の外から俺を心配そうに見つめていた。
『大丈夫か、あきら、どうしたんだ?』
「友哉……」
「ん、どうした?」
俺の腕の中で友哉が答える。
『あきら、どうしたんだよ。変な顔をして。あれ? そこに誰かいるのか? 助手席に誰を乗せているんだ?』
ドアの外の友哉が聞いてくる。
「ここには友哉がいるよ……」
「え? 俺がどうかしたか?」
『何言っているんだ。俺が友哉だろ』
二人の友哉の声が重なる。
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