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俺が今からすることは、きれいな友哉が絶対に思いつかないことだ。
でも、俺の心は迷うことなく、そうすることを決めてしまった。自分にあやかしの血が流れているのだと、今さらになって深く実感する。
「お待たせ、お母さん」
『あきらちゃん? 何をしたいのかお母さんに説明してくれる?』
イラ立ちを隠さず、苦々しい顔で女は俺を見ている。
「友哉と話し終わるまで待ってくれたんだね」
『あきらちゃんが息子じゃなければとっくに殺していたわよ』
一晩で15人を殺すような魔物でも、これから毎日処女を捕えて食べようとする化け物でも、復讐のための手段として子供を作るような妖狐でも、少しは血を分けた息子に情があるのだろうか。
俺はソファごと友哉を部屋の端に寄せた。友哉は布団の下でビクンと動いたけど、声も出さずにじっとしていた。
ソファの前に立って、妖狐である母親と対峙する。
「お母さん、俺を生んでくれて、ありがとうございました」
『は……?』
「友哉と出会わせてくれて、ありがとうございました」
『あきらちゃん?』
「それから、大賀見家の狼持ちだった奴らを殺してくれたのも、まぁ、俺は殺そうとまでは思っていなかったけど、一応ありがとうございました」
『何を言いたいのよ』
「うん、お礼を言っておくべきことはそれくらいかな」
妖狐の目がすぅっと冷たく光る。
俺の心の中の決意に目の前の妖狐もきっと気付いた。
妖狐というあやかしは、欲しいものを得るためには何でもするものだ。人間どもの考える倫理など、まったく関係ないものだから。
「お母さん、ちょっとだけ、待ってくれる?」
『いいわよ』
久豆葉ヨウコの冷たい目に、面白がるような色が混じる。
俺は胸ポケットからハンカチを取り出して、それを開いた。そこにちょこんと乗っているのは、噛みちぎられた友哉の右耳だ。
「銀箭、ごめん」
呪詛となって友哉を襲ってから、三ヶ月以上も銀箭は口を開かなかった。口の中にある友哉の欠片を飲み込んでしまわないように、声も出さず、何も食べず、友哉のまわりでつかず離れず過ごしていた。
一匹の獣のそういうひたむきな思いを分かっていながら、それを友哉に伝えてもやらずに、俺はちぎれた耳を自分の口の中に入れる。甘くていい匂いが口中に広がり、そのまま飴玉のようにしゃぶっていたくなった。けれど、目的は味わうことじゃない。
久豆葉ヨウコをじっと見つめ返しながら、柔らかな肉片に歯を立てて噛みしめる。それは、たった今友哉の耳から切り離されたように瑞々しくて、じゅわりと血が溢れて来た。
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