7-(4) 呪いを終わらせる

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 俺が今からすることは、きれいな友哉が絶対に思いつかないことだ。  でも、俺の心は迷うことなく、そうすることを決めてしまった。自分にあやかしの血が流れているのだと、今さらになって深く実感する。 「お待たせ、お母さん」 『あきらちゃん? 何をしたいのかお母さんに説明してくれる?』  イラ立ちを隠さず、苦々しい顔で女は俺を見ている。 「友哉と話し終わるまで待ってくれたんだね」 『あきらちゃんが息子じゃなければとっくに殺していたわよ』  一晩で15人を殺すような魔物でも、これから毎日処女を捕えて食べようとする化け物でも、復讐のための手段として子供を作るような妖狐でも、少しは血を分けた息子に情があるのだろうか。  俺はソファごと友哉を部屋の端に寄せた。友哉は布団の下でビクンと動いたけど、声も出さずにじっとしていた。  ソファの前に立って、妖狐である母親と対峙する。 「お母さん、俺を生んでくれて、ありがとうございました」 『は……?』 「友哉と出会わせてくれて、ありがとうございました」 『あきらちゃん?』 「それから、大賀見家の狼持ちだった奴らを殺してくれたのも、まぁ、俺は殺そうとまでは思っていなかったけど、一応ありがとうございました」 『何を言いたいのよ』 「うん、お礼を言っておくべきことはそれくらいかな」  妖狐の目がすぅっと冷たく光る。  俺の心の中の決意に目の前の妖狐もきっと気付いた。  妖狐というあやかしは、欲しいものを得るためには何でもするものだ。人間どもの考える倫理など、まったく関係ないものだから。 「お母さん、ちょっとだけ、待ってくれる?」 『いいわよ』  久豆葉ヨウコの冷たい目に、面白がるような色が混じる。  俺は胸ポケットからハンカチを取り出して、それを開いた。そこにちょこんと乗っているのは、噛みちぎられた友哉の右耳だ。 「銀箭(ぎんせん)、ごめん」  呪詛となって友哉を襲ってから、三ヶ月以上も銀箭は口を開かなかった。口の中にある友哉の欠片を飲み込んでしまわないように、声も出さず、何も食べず、友哉のまわりでつかず離れず過ごしていた。  一匹の獣のそういうひたむきな思いを分かっていながら、それを友哉に伝えてもやらずに、俺はちぎれた耳を自分の口の中に入れる。甘くていい匂いが口中に広がり、そのまま飴玉のようにしゃぶっていたくなった。けれど、目的は味わうことじゃない。  久豆葉ヨウコをじっと見つめ返しながら、柔らかな肉片に歯を立てて噛みしめる。それは、たった今友哉の耳から切り離されたように瑞々(みずみず)しくて、じゅわりと血が溢れて来た。
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