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甘くて美味しい友哉の血の味、噛みしめる甘美な肉の味に、俺の中のケダモノが喜びに震え始める。
「あ……」
押さえていた蓋が開かれる。
閉じ込めていたものが外へ出てくる。
眠っていた獣が目覚める。
『ああ……』
二度目の変化は、思ったより簡単に実行できた。
俺はそこに大狐の姿を現して母親を見下ろした。銀箭よりも太くがっしりした体躯、後ろで揺れる太いシッポ、全身を覆う薄茶の毛並み。
母は眩しそうに目を細めて俺を見上げた。
『立派になったわねぇ、あきらちゃん』
『うん』
『もう十分に大人じゃないの』
『友哉の前では、死ぬまで子供でいるから』
母の頬がひくりと動いた。
『そう……そう決めたの』
『うん』
『馬鹿ね。分かっているんでしょう? あの子は、あなたがこれまで妖狐の力で操って来た有象無象の人間どもと何も変わりないのよ』
『友哉は違う』
『何も違わないわ。だって、この私が十年前にあの子を人形にしたんだから』
『それでも、友哉は違う』
『あきらちゃん。現実を見なさい。あの子は、大人になるまで久豆葉あきらを守るとインプットされたお人形でしかないの。くらはしともやの優しさは本物じゃなかったのよ』
『本物だよ』
母は呆れたというように首を振った。
『あきらちゃん、そこまでの盲信はさすがに見苦しいわ』
『お母さんは人間を知らないから分からないんだ。友哉の優しさも思いやりも献身も、友哉がもともと持っていた本物の愛情なんだよ。もしも妖狐なんかと出会わなければ、それは家族やたくさんの友人や恋人に向かうはずだったというだけなんだ』
母の唇が皮肉気に歪む。
『分かっているじゃない。本来あの子はあきらちゃんを愛するはずじゃなかった。どんなに子供っぽく振る舞ってみせても、いずれあきらちゃんは大人になる。「大人になるまで守る」という私との約束の効力が切れて、あの子はあなたを愛さなくなるのよ』
ズキン、と胸の奥が痛んだ。
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