(3) 窓を叩くもの

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 俺は悲しくて、おかしくて、泣きたい気分だった。  友哉はひとりで走ってくることは出来ないし、友哉は俺をまっすぐに見つめることは出来ないし、友哉は助手席に誰かが乗っていることを見ることは出来ない。  どっちが本物でどっちが偽物かなんて考えるまでもない。  でも。 「確実に心の弱いとこを突いてくるんだな……」  偽物の友哉の姿は、俺の願望を映している。  目の見えている友哉。  健康そうな友哉。  俺の顔をまっすぐ見て笑っている友哉。 『あきら、開けてくれよ。一緒に帰ろう』  眩しいくらいの笑顔で、偽物はガチャガチャとドアハンドルをつかんでくる。 『なぁ、開けろよ。あきら、聞こえているだろ。あきら』  俺はドアの外の友哉を見つめた。  その右耳はきれいなままだし、首元にも傷が無い。  少しだけ日に焼けていて、よく見ると背も伸びている。  生命力が満ちていて、とても長生きしそうだった。 「あきら? また何か見えるのか?」  目の前の本物の友哉は体中傷だらけだ。  儚くて、弱くて、生命力が薄くて、とても長生きなんて出来そうにない。  友哉の肌に刻まれた傷跡を見るたびに、苦しいほど悲しみが胸に満ちて……けれど同時に後ろ暗い喜びにうっとりとしてしまう自分がいる。  俺は友哉の首に手を置いた。指先で、俺の牙の痕をなぞる。 「はは、なんだよ。くすぐったいって」  友哉はひとかけらの警戒心も無く笑みを見せる。  俺はその背中に腕を回して、さっきよりきつく抱きしめた。 「あきら?」  嚙み合わない会話と、脈絡のない俺の行動。  それでも友哉は黙って受け入れ、心配そうに俺に聞いてくる。 「怖いのか?」 「うん、怖い……」  俺はドアの外の偽物を睨んだ。  お前がどんな手を使って来ても、たとえ俺を殺したとしても、友哉はお前のものにはならない。俺が、どこまでも友哉を道連れにするからだ。  そう考えた途端、ドアの外の友哉の首から血が噴き出し、助けを求めるようにこちらに手を伸ばしてずるずると崩れ落ちた。 「あっ……」  どくんと心臓が波打つ。  分かっている。あれは偽物だ。  驚愕に見開かれた目や伸ばされた指先が友哉そっくりだったとしても、心を乱されてはいけない。 「はっ……はっ……」  走ってもいないのに、息が切れてくる。  すがりつくように友哉の体を掻き抱く。背中を反らすようなつらい体勢になっているのに、友哉は嫌がらなかった。 「大丈夫か? あきら、何が見えているんだ?」  俺は首を振った。 「言えない……」 「あきら」 『あきら』  本物と偽物が同時に俺の名前を呼ぶ。
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