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「いえ、俺は今のままで十分に快適ですから。な?」
最後の「な?」は俺に向けて言ったようで、握ったこぶしをこっちに向けてくる。俺はそれにコツンとこぶしをぶつけた。
コツン、グッ、パチン、友情の合図。
「二人であちこち行けるし、ずっと冒険しているみたいで楽しいよな」
「うん、めっちゃ楽しい」
ハルがちょっとうらやましそうな目をして、俺達を見ている。
「まぁ良い。余談はこのくらいにして、二人ともこちらの車に移ってくれるか」
ハルが後ろに停まっている黒塗りの高級外車を指差す。
「なんで?」
「見れば分かる」
「どういう意味だよ」
ドアを開けて車を降りようとすると、俺のスニーカーがべちゃっと泥を踏んだ。
「うわ、きったな……」
足元を見ると、泥が厚く積もっていた。
道路の数メートル先も、数メートル後ろも、乾いたコンクリートが見えているのに俺の車の周囲だけがグチャグチャだ。
車体もかなり泥で汚れている。泥だらけの手で子供が触ったような跡がいくつも……特に運転席と助手席のドアに集中して付着していた。
「なんで、ここだけ……」
泥の汚れは横の田んぼから一段高くなっているこの道路へと続いていて、俺の車の周囲につながっている。まるで泥の中から這い出たものが、車の周囲をずりずりと這いずったように……。
車を叩いたり揺らしたりしてきたものが、どこから来たのかを俺は察した。
「うげ……」
真夏の太陽のもとにいるというのに、ちょっと背筋が寒くなる。
「友哉、ハルの乗って来た車に移ろう」
「何があったんだ?」
「めっちゃ泥で汚れてる」
「泥?」
「うん、ちょっと、いやかなり……運転に支障があるくらいに汚れてる」
「そんなにか」
「とりあえず、車体にあんま触わらないようにして出て来てくれる?」
「分かった」
友哉は車を降りてぐちょぐちょとした泥の上に立ち上がると、急にふらりとよろめいた。
「友哉!」
「倉橋友哉!」
慌てて抱きとめると、友哉はゴールした後のマラソン選手みたいにくたっと体を預けて来た。
「友哉、大丈夫?」
「あれ……? ごめん……なんか、体が」
「疲れたよね。そっちの車で寝ていいよ」
友哉は抱っこされるのを嫌がるので、引きずるようにして外車の後部座席に乗せ、靴を脱がせた。
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