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ベッドに横たわる友哉にすがりつくようにして、ハルは深呼吸を繰り返している。目がうっとりと潤んでいて、ちょっと危ない人みたいだ。
「ハルー、変態チックなことしてないで、これからどうするか教えろよ」
「倉橋友哉成分を補充しているのだ。もうちょっと待て」
「倉橋友哉成分って……ますます変態臭いじゃん」
「うるさい。毎日この清浄な空気を吸って暮らしているお前に言われたくない」
「清浄な空気を吸いたいなら、自分で結界作ればいいでしょ」
「結界で作り出す清らかな空間は、無色透明でパキパキに硬いのだ。倉橋友哉の周囲を流れる空気は、パステル絵の具で描かれた絵本のように柔らかくて温かい。……あ……ちょっと涙出てきた……」
ハルはそっと指先で目尻を拭っている。
車の中で眠ってしまった友哉は、軽くゆすっても目を覚まさなかったので、俺が抱き上げてホテルに入った。大浴場と大宴会場が売りの古い観光ホテルだったが、除霊済みのおかげで居心地は悪くない。
ここは5階のデラックスツインという部屋だったが、あまりデラックスな感じはしない。ベッドとベッドの間にあるサイドテーブルには、年季の入った内線電話が乗っていて、型の古いテレビと、部屋の隅に小さな冷蔵庫がある。窓から見えるのはこのホテルの別館のコンクリートの壁で、山も田んぼも見えない。田の神に追われる身としては、無機質なコンクリートにむしろ安心感を覚えたけれど。
「最近の倉橋友哉の様子はどうだ?」
「ん-、あまり変わりないかな」
「何か足りないものは無いか? 欲しがっているものは?」
「はは、雪彦おじさんと同じこと言ってる」
「仕方なかろう。本人に聞いても、何も欲しがらないのだ」
「数ヶ月ごとに引っ越しするから、荷物は少ない方がいいんだよ。それに、毎回知らない土地に行けるってだけで、友哉はすごく満足してるし」
俺はハルの反対側からベッドに腰かけ、友哉の手を握った。
ハルが表現したように、柔らかな空気がぬくぬくと俺を包み込んでくる。
「あはっ、ほんとにパステルだ」
「そうだろう? 倉橋友哉は会うたびにきれいになるな」
ハルの言う「きれい」は見た目のことではない。
俺やハルや雪彦には分かるが、力の無い人には分からない美しさだ。
「なぁハル、もうこれ以上友哉に無理はさせるなよ」
「分かっている。あれはもう完全消去することに決めた」
あまりにあっさりと言うので、少し心配になる。
「あれって、もとは神様だったものなんだよね? そんな簡単に消去できるのかよ」
「昇華させるより簡単だぞ」
「そういうものなの?」
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