(4) 友哉の目に見えないもの

9/14

31人が本棚に入れています
本棚に追加
/370ページ
「あけて」 「な……!」  ぞわりと産毛が逆立つ。  赤い帽子の女の子が、窓にべたっと両手をついて友哉を見ていた。 「あーけーてー」 「まじか、ここ何階だよ」 「5階だな」  冷静にハルが答え、右手の人差し指と中指を立てて、窓を睨みつつベッドの前に進んだ。 「大雅、つゆくさ」  小さく呼ぶと、式狼が友哉の左右に立つ。 「久豆葉あきら、お前にはあれがどう見える?」 「どうって、小学生くらいの女の子、みたいだけど……赤い服着て赤い帽子を被ってる」 「ほう、赤い帽子の女の子ねぇ」  ハルが指を唇に持って行く。  すぅっと息を吸うと、横に俺がいることを気にもせず唱え始める。 「(てん)()(げん)(みょう)……」 「痛って!」  ビリビリと体が痺れる。  俺の狼がきゃんと声を上げて俺の影に戻って来る。 「(ぎょう)(じん)(ぺん)(つう)(りき)(しょう)……」 「痛いって、ハル!」 「少しぐらい我慢しろ」  ハルは冷たく言うと、また最初から同じ文言を唱えていく。 「(てん)()(げん)(みょう)(ぎょう)(じん)(ぺん)(つう)(りき)(しょう)……」 「いたたた……」  全身にハルの声が刺さってくるのに耐えながら、友哉に寄り添う。  窓の外の女の子の姿が、次第に崩れて泥になっていく。 「うわ、きも」  見る間に泥人形のようになったそれは、形を保てなくなったようにグズグズと崩れて落ちていった。  数秒、窓についた泥の手形を睨んでいたハルは、フッと力を抜いて振り返った。 「わざわざ田や山から離れた宿を選んだのにここまで来るとは……。執念を感じるな」 「車も靴も捨てて来たのに、やっぱ場所が分かっちゃうんだ」 「そうだな……倉橋友哉は清らかできれいすぎるのだ。あやつらからすると、遠くからでも光っているように見えるのだろう」  ハルはバッグからスマートフォンを出すと、素早く操作してすぐにしまった。誰かにリンリンのメッセージを送ったらしい。 「宿を移すぞ。荷物をまとめろ」 「全部車の中だよ。今はスマホと財布しか持っていない」 「そうだったな。久豆葉あきら、その前に少し倉橋友哉を汚してやれるか?」 「汚す? 」 「倉橋友哉の光を鈍らせて、居場所が分かりにくいようにするのだ」 「って、何をする気だよ」  ハルは愛しそうに友哉の髪を撫でる。 「そんなに難しいことではない。清らかすぎる魂をほんの少し濁らせるだけだ。ケダモノのお前なら簡単だろう」
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加