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「体調はどう? 歩ける?」
「ああ、大丈夫だ」
友哉は立ち上がると、右手を前へ出した。俺はその手を取って、自分の腕をつかませる。
「着替えも買わなくちゃね。パンツも無いし」
「あ……! しまった、2時になったら引っ越しの業者が来ちゃうぞ」
「大丈夫だ。それもうちの教団で預かって置く。お前達はもうあのアパートへは近寄らない方が良いだろう」
「え、でもまだ近田さん夫婦と横山さんが」
「他の能力者に協力してもらうから、心配するな。倉橋友哉はまず自分の命を優先しろ」
「命って、そんな大げさな」
友哉はあれの声が聞こえないから、自分の置かれた状況をあまり理解していない。だが、俺もハルも友哉が一番危ないということをわざわざ口にしなかった。
友哉が怖がるところは見たくないからだ。
ハルは友哉の肩にそっと手を置く。
「悪いが他の地域でもうひとつ、倉橋友哉に頼みたい案件があるのだ。あのアパートのことは中途半端で気になるだろうが、私に任せて、まずは体調を整えてくれないか」
「えっと、はい、分かりました」
途惑った様子で、友哉はうなずいた。
部屋を出て俺と一緒に廊下を歩きながら、友哉がふと思い出したようにくすっと笑った。
「なぁに? 思い出し笑い?」
「うん、自分でもおかしくって。さっき一瞬、自分がどこにいるのか分からなかったから」
「寝惚けたっていうやつ? 何の夢を見てたの?」
「高校生だった頃のあきらと俺」
「高校生? なんで高校生?」
「だよな。俺ら、高校生だったのはたった数ヶ月だけだったのに」
友哉はさらりと言ったけど、少し前を歩いているハルが痛ましそうな顔で友哉を振り返った。
「多分、あのアパートで女子高生に会ったからかもなぁ」
「そっか、あの制服、俺らの母校とちょっと似てたよね」
「ああ。夢の中では目が見えていて、しかもフルカラーだったから、起きた時に真っ暗でめっちゃ焦った。血の臭いがしてたし」
俺は感情が溢れてこないように、ちょっと息を吸ってから答えた。
「……びっくりさせてごめんね」
「いや、傷が浅くて良かった」
「うん」
「あんな夢を見るとすごく不思議だ。今は『あれ』に襲われることも無いし、御前市を出て色んな場所に住めるし、色んな人にも出会える。こんなに自由になれるなんて、あの時は思いもしなかったよな」
「うん……」
俺は、友哉の目が見えなくなるなんて思いもしなかった。
こんなことになるのなら、あのまま御前市に閉じ込められていても良かったのに。
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