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「あっ、別にあの頃が不幸だったわけじゃないけどさ」
「うん……」
友哉は失明してしまっても体が弱くなってしまっても、現在の自分達は幸福であると本気で思っている。
現実を受け入れられていないのは俺の方だった。
「高校生だった期間って、なんかすっげぇ怒涛の日々だったけど、今思うと楽しいことばかり思い出すんだよな。もう3年……いや4年前か、懐かしいなぁ。ま、あの頃も今も、俺はあきらと一緒にいるだけで毎日楽しいよ」
「うん、俺もー。あ、エレベーター来たよ」
三人で乗り込むと、ハルが無言で九字を切った。密閉空間だから警戒したんだろう。俺は皮膚がピリピリして不快だったが、友哉の安全の為なので我慢していた。
「倉橋友哉。その話、もう少し詳しく教えてくれるか」
「高校生の頃のことですか」
「ああ、倉橋友哉の青春時代だな」
「青春って……。ハルさんが聞いて面白いような話じゃないですよ。俺達、ほぼ毎日ゲームか勉強しかしていなかったし。な?」
「うん、そうそう」
その頃の俺はまだ、自分が100%人間だと信じて疑わなかった。父のことも母のことも知らなかったから。
「好いた男のことは何でも知りたいのだ」
「またそんなこと言って。俺、女性にモテるような要素、ひとつも無いのに」
チン、と音が鳴ってエレベーターが止まり、俺達はロビーへ出た。
「倉橋友哉は自分の魅力を何も分かっていないな。そこが愛しくもあるが」
「はぁ……」
友哉が困ったように、曖昧に笑った。
高校生になったばかりの頃の友哉なら、女性にアプロ―チをされたら喜んだかもしれない。でも、今の友哉は恋愛もセックスも求めていない。
「困った顔をしなくてもよい。私は時々会ってくれて、話をしてくれたらそれで良いのだ」
ハルの運転手が近付いて来て準備が出来たことを告げる。
「うちの教団の者がチェックアウトを済ませて車も用意している。次の宿につくまで、車の中でその昔話をしてくれないか」
「まぁ、いいですけど。あきらもいいか?」
友哉が俺の方へ顔を向けてくる。
友哉の高校時代について話すということは、俺の高校時代もハルに話すことになる。
「うん、いいよ」
俺達だけの思い出をハルに聞かせるのは癪だったけど、俺も少し聞いてみたかった。友哉の目から見たあの頃の俺達、友哉の目から見た久豆葉あきらという存在のことを。
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