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「まだ考えてない。多分、どっかの大学に行く……行けたら、だけど」
「あー、うん……だよな」
俺が大学に行けるかどうか分からない理由は、経済的なものでも学力的なものでもない。
物理的に、この御前市を出られるのかどうかが分からないからだ。
俺達は今までに一度も市内から出たことが無い。
冗談でも嘘でもなく、本当にただの一度も出られたことが無いのだ。
「やっぱ俺達って呪われてんのかなぁ」
あきらの呟きにぞわっと寒気がする。
「ばか、呪いって言葉を使うな。さらに怖くなるだろ」
「じゃぁ何て言うんだよ」
「『あれ』でいいよ、『あれ』で」
「ええー、呼び名だけ変えても怖いもんは怖いじゃん」
歩いている内に、小さな門のある俺の家が見えてくる。
あきらの家は俺の家から歩いて五分のボロアパートだけれど、学校帰りはいつもそっちには向かわない。小走りで門まで行って、あきらはそこに持っていた棒を立てかけた。
「それ、とっとくのか」
「うん、帰りも持って行くー」
「そんな棒切れ振り回しても、『あれ』には効かないぞ」
「分かってるけど、気分の問題」
「あ、そ」
『倉橋』という表札のついた小さな門を開け、家庭菜園のある小さな庭を通って玄関の鍵を開ける。
うちは商社マンの父さんと、ファミレスのパートで働く母さんと、高校生の俺のありふれた三人家族だ。特に変わったところの無い築二十年ほどの二階建ての家に住んでいる。
「ただいま」
「ただいまぁ」
母さんはまだ帰っていないらしい。
あきらは自分の家に帰ってきたみたいに勝手に入り、勝手に洗面所で手洗いうがいをして、勝手にキッチンの冷蔵庫を開けて物色を始めた。
「あ、ケーキの箱はっけーん。友哉コーヒー淹れて、甘いやつ」
あきらはほぼ毎日来るから、何も言わなくてもおやつは二人分用意されている。
「へいへい、甘いコーヒーな」
この前まで蜂蜜入りのホットミルクを飲んでいたくせに、高校生になってからあきらはコーヒーを飲みたいと言うようになった。精神年齢が小学生なので、『コーヒーを飲む』イコール『大人』とでも思っているんだろう。
キッチンはそんなに広くはないけど、テーブルと椅子もある。でもあきらは座ろうとせずに、俺がコーヒーメーカーに分量の水とコーヒーの粉をセットするのをすぐそばで見ていた。
「あきら、マグカップ出して」
「おう」
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