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「早苗さんは大きな声も出せないような気弱な女の人だよ。あきらも怒られたことがほとんど無いって言っていたし」
「でも、おかしいでしょう? あんないい子が何度も何度も怪我をして……あきら君、あの叔母さんにお世話になっているから何も言えないんじゃないの?」
「違うって! だって今日のあきらの怪我だって、この家で……」
この家で『あれ』に襲われて。
……とは言えずに、言葉につまる。
「ここで? まさかあなた……」
変に口籠ったせいで、疑惑が俺に向けられてしまった。
「いや、違う違う、俺じゃないって! あきらがお皿を落とした破片でちょっと、ほら、俺もそれでやっちゃったんだ」
と、慌てて右手の大きな絆創膏を見せる。
皿の破片で怪我をしたなんて真っ赤な嘘だが、『あれ』のことを正直に話しても俺の正気を疑われるだけだ。
「俺達、ケンカしたように見えた? あきらはいつも通りだっただろ?」
「まぁ、確かにそうだけど」
その時、父さんが母さんの肩に手を置いた。母さんが父さんの顔を見る。父さんはうなずいて、リモコンのボタンを押してテレビを消した。
急にしんとした中で、父さんと母さんが背筋を伸ばして僕に顔を向けてくる。
「あのな、友哉、ちょっと話があるんだ」
改まった空気にちょっと驚く。
真剣な話だろうか?
俺もきちんと正座し直して、姿勢を正す。
父さんがグラスに残っていたビールをぐいっと飲み干してから、口を開いた。
「あのな、友哉。父さんまた昇進したんだ」
全く予想外の所から話を切り出されて、ちょっと瞬きする。
「え、うん、おめでと」
「ありがとう」
「だからうちにはね、友哉が思うよりずっと経済的に余裕があるのよ」
「え? う、うん」
経済的余裕?
いったい何が言いたいんだろう?
うちが貧乏だと思ったことは無いけど、すごく金持ちだと思ったことも無い。両親はたいして贅沢もしないし、家も少し古くて、服にも家電にもそれほどお金をかけていない。
うちは夕飯にこたつでコロッケを食べるような、ごくごく平凡な庶民の家だ。
「あ、もしかしておこずかいアップしてくれるとか?」
「そうじゃなくてね。友哉、あきら君と兄弟になるっていうのはどう思う?」
「兄弟?」
今までだって、幼馴染というよりほとんど兄弟みたいに過ごしてきたけれど。
「まぁ、あきら君の意思も確認していないから、どうなるか分からないけれど……。あちらの家庭にいる限り、あきら君、どんなに成績が良くても大学に行けないでしょう?」
「えっと……それってつまり」
母さんが言おうとしていることに気が付いて、無意識に口元が笑ってしまう。
「つまり、そういうこと?」
「そう、そういうこと」
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