1-(2) 兄弟みたいに

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 ここには何度か来たことがある。入ってすぐ右側にキッチン、左側にトイレと風呂があり、奥に居間兼早苗の寝室である6畳間と、(ふすま)を隔ててあきらの寝室である4畳半がある。  蛍光灯がチカチカ点滅している中、閉められた襖の前で、早苗ががくがく震えてうずくまっているのが見えた。  駆け寄ると、何かをぶつぶつ呟いている。 「……なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」  その白い手に、文庫本サイズの小さな木箱のようなものをふたつ握っている。ひとつは黒っぽい箱で、蓋が開けられているが中には何も入っていない。もうひとつは表面にお札が貼られているようだけど、暗くて何が書かれているのか分からなかった。 「わあっ! やめ……! 離せ……!」  奥からあきらの悲鳴が聞こえてくる。  さっきより声が弱くなっている気がして、俺は焦って奥の襖に手をかけた。 開かない。  ガタガタと力を入れてもびくともしない。 「あきら、あきら!」 「……ともやぁ……!」  中から答える声が泣き声みたいで、かっと頭に血がのぼった。  俺は襖を思いっきり蹴りつけた。ボスッと鈍い音がして穴が開く。その穴からぶわりと風が吹いた気がした。俺はさらに何度も襖を蹴りつける。襖が壊れ、意外にあっけなくはずれて、俺は蹴った勢いのまま室内に転がり込んだ。 「あきら!」  チカチカする蛍光灯の明かりの下で、あきらは畳の床に転がっていた。血の滲んだパジャマ姿で力なく手足を振り回している。あきらの体に、ゆらゆらする大きな何かが取りついているのが分かる。 「この……!」  怒りとショックで全身が粟立(あわだ)つような気がした。 「くそ! どっかいけ! 消えちまえ!」  俺はゆらゆらしている空気を叩くように腕を振り回す。  何かがその手にがぶりと噛みついてくる。 「いてっ、うあっ!」  腕にも足にも背中にも何かが噛みついてくる。  昼間の奴と、全然違う。  力が強くて、しかもしつこい。  それに……。  耳元にハッハッと獣じみた呼吸が聞こえ、鼻には獣のような臭いを感じる。  今までの『あれ』とはまったく違った存在感。  実際に、そこに大型獣でもいるかのような。 「がっ、ああっ!」  何度も何度も噛みつかれて、口から勝手に叫び声が出てしまう。  あきらが震える両手でしがみついてきた。 「友哉ぁ、痛いよぉ……!」 「大丈夫、俺も痛い! 俺も一緒だ!」  痛みをこらえ、あきらに覆いかぶさるようにして『あれ』から庇う。 その時、右耳に鋭い痛みが走った。 「うあぁっ!」  痛みで背中がのけぞる。  ぽた、ぽた、とあきらの顔に俺の血が落ちる。  あきらの目が見開かれた。 「友哉……耳が……!」 「大丈夫、大丈夫だ!」
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