1-(3) 狭い世界

2/6

31人が本棚に入れています
本棚に追加
/370ページ
 唐突すぎる質問にとっさに返事できないでいると、早苗はさらによく分からないことを言った。 「私にはもう無理、私みたいな女には保護者でいる資格がない。あきらのそばにはいられない。私にはもう無理、もう限界なのよ」 「あ、あの……何を言って……?」  言いかけ、俺はハッとした。 「早苗さんは、この恐ろしい現象が何なのか知っているんですか?」 「私に質問しないで。守れるか守れないかを聞いているのよ」  いつもおどおどとした喋り方をする彼女が、別人のように鋭い声を出した。  その目があまりに真剣で、俺はつられるように真剣に答えていた。 「俺は……俺はあきらを守るし、あきらも俺を守ってくれます」  あきらを抱く腕に、ぐっと力を込める。 「俺とあきらは親友同士で、兄弟同然で、戦友みたいなものです。どちらかがどちらかを一方的に守るという関係じゃない。俺達はいつも一緒に戦っています」  早苗はふっと小さく息を吐いた。唇が右側に歪んでいたから、もしかしたら笑ったのかも知れなかった。 「早苗さん……?」 「前から思っていたけど、友哉君は子供のくせに迷いが無いわね」  かり、かり、かり、と何かをひっかく音が聞こえる。 「子供だからこそ、なのかな」  音が気になり、早苗の手元に目を凝らす。  女性の細い指先が、まだ蓋の開いていない方の白っぽい木箱をひっかいている。 「その箱は何ですか?」 「ああ、これ? あきらの(へそ)()と、赤ちゃんの頃の髪と爪が入っているの」  彼女はうっすらと笑みを浮かべて、俺に見えるようにその箱を掲げた。やはりお札のようなものが封印のようにべったりと貼られている。 「どうして臍の緒とか髪の毛とかを箱に封じてあるんですか」  彼女は答えず、がりがりと爪を立ててお札をはがしていく。 「待ってください。それ、はがしちゃって大丈夫なんですか?」 「ええ、もちろんあきらは大丈夫よ。友哉君が大丈夫かどうかは分からないけど」  早苗の口元が笑った。  ぞくりと寒気がする。 「分からないってどういう意味ですか。危ないものなら、はがすのを止めてください」  俺の声など聞こえないかのように彼女の指は動き続け、無造作にぱかりと木箱のふたを開けた。 「あっ」  何か飛び出してくるのかと身構えた俺の腕に、がくんと重みがかかる。  俺は驚いて腕の中の存在を見下ろした。 「……あきら?」  目を閉じてぐったりしているあきらは、さっきまでと何も変わったようには見えない。  けれど、今、明らかに重くなったのを感じた。
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加