(1) 友哉の目に見えるもの

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「まさか急病か」 「ちょっと見てくるね」  運転席のドアを開けた途端に、熱い空気がむわっと襲ってきて暴力的なほどのミンミン蝉の鳴き声が頭に響いて来た。 「ぐわっ、あっつー」  顔をしかめて俺が一歩外に出ると、同時に軽自動車のドアも開いて30代くらいの背広の男が泣きそうな顔で駆け寄って来る。 「あ、あ、あれ! あれ!」  すがるように俺の腕をつかみ、男は隣との敷地の境にある2メートルほどのコンクリート塀を指差した。 「あれ?」 「あれです!」  男の視線を追って目をやると、塀の向こう側をゆっくりと白い帽子が動いていくのが見えた。 「ああ、あれ……?」  塀の高さから考えると、帽子の人物はものすごくでかい。 「あれってなんだ?」  開けっ放しのドアから男の声が聞こえたらしく、車の中から友哉が聞いてくる。 「あれですよ、あれ! 見れば分かるでしょ! 八尺様ですよ!」  悲鳴みたいなキンキン声が蝉の声より大きく響く。 「はっしゃくさま?」  運転席の方へ身を乗り出した友哉がきょとんとする。 「こっちじゃなくて、あっちですって!」 「あっちって?」  男は塀を指で示したが、もちろん友哉には伝わらない。 「向こうの塀のところです! 大きな、すごく大きな女の人が、八尺様が……!」  ここからは帽子が見えるだけで、あれが男か女かも分からない。子供が虫取り網か何かに帽子を引っ掛けているだけかもしれないのに、男はそれを怪異だと信じ切っている。 「はっしゃく様って女の人なのか?」 「知らないんですか! すごく有名な……ひぃ! こっちに来る!」  帽子はゆっくりと塀沿いに動いていく。もうすぐ塀が途切れる。すぐにその姿が見える。あと5m……4m……3m……。 「ひゃぁ! ひぃやぁ! いやぁ!」  塀の途切れたところで白い帽子の主が姿を見せた。
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