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「……はぁ……」
あきらの盛大な溜息が聞こえてきて、俺は自分のベッドから身を乗り出して下のあきらを見た。昨日の夜に比べてだいぶ顔色はいいけど、表情は暗い。
「すごいね、『あれ』の力って。救急車みたいな緊急車両でも出られないんだ」
「ああ……サイレン鳴らして走り出した時は、俺もちょっと期待したんだけど」
結局、俺達は市内の病院に運ばれて応急処置を受けた。あきらの怪我は思ったほど深くはなくて、意識もほどなくして戻ったので入院することも無かった。
あのアパートでは誰一人として犬の鳴き声を聞いていないというのに、俺達は野犬に襲われたということになってしまっていた。俺もあきらも見えない何かに襲われたと言ってはみたけれど、恐怖で幻覚でも見たのだろうとあっさり一蹴されてしまった。大人達は、説明のつかない出来事をそのまま受け入れてはくれないものだ。
両親は心配して、今日の午前中に改めて隣の三乃峰市にある三乃峰総合病院に俺達を連れて行こうとしたのだが、やはり偶然という名の妨害が入って辿り着くことは叶わなかった。
何回チャレンジしても、行けないものは行けないらしい。
「俺達、ほんとに閉じ込められているんだな……」
「うん」
その事実をまた思い知らされる。
子供の頃からずっと、あきらも俺もこの御前市を出ていない。
冗談でも嘘でもなく、市内から出られたためしがないのだ。
「早苗さんは無事に出られたのかなぁ」
「それはまぁ、多分な」
あきらの叔母の早苗が、怪我をした俺達を置いて出て行ったということはあきらに伝えた。ただ、その時に彼女が話したことについては伝えていないし、あの木箱も見せていない。不安な思いはさせたくなかったからだ。
「いいよなぁ、早苗さんはどこにでも行けて」
ぽそりと出た呟きの中に、重い実感がこもっている。
俺はうまい言葉が出て来なくて、すぐに返事が出来なかった。
俺も行きたい。
あきらと二人で、日本中、世界中、どこへでも行きたい。
「もし行けたら、友哉はどこに行きたい?」
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