1-(3) 狭い世界

4/6

31人が本棚に入れています
本棚に追加
/370ページ
「……はぁ……」  あきらの盛大な溜息が聞こえてきて、俺は自分のベッドから身を乗り出して下のあきらを見た。昨日の夜に比べてだいぶ顔色はいいけど、表情は暗い。 「すごいね、『あれ』の力って。救急車みたいな緊急車両でも出られないんだ」 「ああ……サイレン鳴らして走り出した時は、俺もちょっと期待したんだけど」  結局、俺達は市内の病院に運ばれて応急処置を受けた。あきらの怪我は思ったほど深くはなくて、意識もほどなくして戻ったので入院することも無かった。  あのアパートでは誰一人として犬の鳴き声を聞いていないというのに、俺達は野犬に襲われたということになってしまっていた。俺もあきらも見えない何かに襲われたと言ってはみたけれど、恐怖で幻覚でも見たのだろうとあっさり一蹴されてしまった。大人達は、説明のつかない出来事をそのまま受け入れてはくれないものだ。  両親は心配して、今日の午前中に改めて隣の三乃峰(さんのみね)市にある三乃峰総合病院に俺達を連れて行こうとしたのだが、やはり偶然という名の妨害が入って辿り着くことは叶わなかった。  何回チャレンジしても、行けないものは行けないらしい。 「俺達、ほんとに閉じ込められているんだな……」 「うん」  その事実をまた思い知らされる。  子供の頃からずっと、あきらも俺もこの御前(みさき)市を出ていない。  冗談でも嘘でもなく、市内から出られたためしがないのだ。 「早苗さんは無事に出られたのかなぁ」 「それはまぁ、多分な」  あきらの叔母の早苗が、怪我をした俺達を置いて出て行ったということはあきらに伝えた。ただ、その時に彼女が話したことについては伝えていないし、あの木箱も見せていない。不安な思いはさせたくなかったからだ。 「いいよなぁ、早苗さんはどこにでも行けて」  ぽそりと出た呟きの中に、重い実感がこもっている。  俺はうまい言葉が出て来なくて、すぐに返事が出来なかった。  俺も行きたい。  あきらと二人で、日本中、世界中、どこへでも行きたい。 「もし行けたら、友哉はどこに行きたい?」
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加