1-(3) 狭い世界

5/6

31人が本棚に入れています
本棚に追加
/370ページ
 そう聞かれて、ちょっと答えるのに時間がかかった。行きたいところが多すぎて、候補を絞れない。 「ずっと遠くの知らない町とかに行きたい」 「俺達にとっては、御前(みさき)市以外は全部知らない町だけどね」 「はは、まぁそうだけど」 「知らない町で何するの?」 「ん-、普通に暮らしてみたいな。別に観光地とかじゃなくてもいいから、こことは違う場所で目が覚めて、こことは違う景色が窓の外に広がっていて、こことは違う街並みの中を散歩してみたりしてさ。知らない道を歩いたり、知らないお店に入ったり、知らない人と出会って友達をたくさん作って……」  俺は苦笑した。 「言っていて虚しくなってきた。現実逃避だよな……」 「なー、友哉」 「ん、なんだ?」  顔を向けるとあきらは体を起こして俺の方を見ていた。 「俺……もうこんなの、嫌だよ」  その目が包帯を巻かれた俺の右耳を見ているのが分かって、一瞬、言葉に詰まる。  俺だって嫌だ。  もうたくさんだ。  見えない檻に閉じ込められて、何度も何度も痛めつけられて。  こんなわけのわからない状況から一刻も早く抜け出したい。  非力な自分が嫌だ。知識のない自分が嫌だ。何もできない自分が本当に嫌だ。  感情が溢れすぎて、それを言葉にすると大声で叫びそうで、俺はこらえた。 「……うん……そうだよな」 「そうだよ! だって、友哉は何も悪いことをしていないのにそんな大怪我して」  あきらが瞬きすると、ぽろっと涙が零れ落ちた。 「ちょ、おい、泣くなよ」 「泣いてねーよ」 「いや泣いてるだろ」 「泣いてないって」 「そうかよ」 「そーだよ!」 こっちを睨むあきらのまつ毛が濡れて光っていたが、俺はそれを見ないふりをした。 「そうだな……泣いていないな」  ごろんと寝転がって視線を上にあげると、天井から下がる外国のお守りが、風も無いのにかすかに揺れている。  あきらは小さくかすれた声を出した。 「ごめんね、友哉。きっと全部俺のせいだ……」 「え……?」 「俺が悪い子だからお母さんはどこかへ行ってしまって、俺が悪い子だから早苗さんもいなくなって、俺が悪い子だから友哉まで呪われている」 「あきら、それは違う」  思わず語気を強めると、あきらはうつむいた。 「俺達は何も悪くないよ。俺も、あきらも、何も悪いことをしていないだろ」  本当は俺も心の中ではずっと不安に思っていた。覚えていないだけで、俺達が何か悪いことをしてしまったのかも知れないと……。  でも、あきらみたいな純粋なやつが、いつまでもこんな不条理に囚われていていいはずがない。
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加