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そう聞かれて、ちょっと答えるのに時間がかかった。行きたいところが多すぎて、候補を絞れない。
「ずっと遠くの知らない町とかに行きたい」
「俺達にとっては、御前市以外は全部知らない町だけどね」
「はは、まぁそうだけど」
「知らない町で何するの?」
「ん-、普通に暮らしてみたいな。別に観光地とかじゃなくてもいいから、こことは違う場所で目が覚めて、こことは違う景色が窓の外に広がっていて、こことは違う街並みの中を散歩してみたりしてさ。知らない道を歩いたり、知らないお店に入ったり、知らない人と出会って友達をたくさん作って……」
俺は苦笑した。
「言っていて虚しくなってきた。現実逃避だよな……」
「なー、友哉」
「ん、なんだ?」
顔を向けるとあきらは体を起こして俺の方を見ていた。
「俺……もうこんなの、嫌だよ」
その目が包帯を巻かれた俺の右耳を見ているのが分かって、一瞬、言葉に詰まる。
俺だって嫌だ。
もうたくさんだ。
見えない檻に閉じ込められて、何度も何度も痛めつけられて。
こんなわけのわからない状況から一刻も早く抜け出したい。
非力な自分が嫌だ。知識のない自分が嫌だ。何もできない自分が本当に嫌だ。
感情が溢れすぎて、それを言葉にすると大声で叫びそうで、俺はこらえた。
「……うん……そうだよな」
「そうだよ! だって、友哉は何も悪いことをしていないのにそんな大怪我して」
あきらが瞬きすると、ぽろっと涙が零れ落ちた。
「ちょ、おい、泣くなよ」
「泣いてねーよ」
「いや泣いてるだろ」
「泣いてないって」
「そうかよ」
「そーだよ!」
こっちを睨むあきらのまつ毛が濡れて光っていたが、俺はそれを見ないふりをした。
「そうだな……泣いていないな」
ごろんと寝転がって視線を上にあげると、天井から下がる外国のお守りが、風も無いのにかすかに揺れている。
あきらは小さくかすれた声を出した。
「ごめんね、友哉。きっと全部俺のせいだ……」
「え……?」
「俺が悪い子だからお母さんはどこかへ行ってしまって、俺が悪い子だから早苗さんもいなくなって、俺が悪い子だから友哉まで呪われている」
「あきら、それは違う」
思わず語気を強めると、あきらはうつむいた。
「俺達は何も悪くないよ。俺も、あきらも、何も悪いことをしていないだろ」
本当は俺も心の中ではずっと不安に思っていた。覚えていないだけで、俺達が何か悪いことをしてしまったのかも知れないと……。
でも、あきらみたいな純粋なやつが、いつまでもこんな不条理に囚われていていいはずがない。
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