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あきらの叔母である早苗はあれ以来、姿を消している。
あのボロアパートの部屋には、アルバムや手紙のような個人的な品物はひとつも残されていなかった。父さんが大家に問い合わせたところ、一ヶ月分だけ前払いされていて、もう戻って来ないなら今月中に荷物をまとめて出て行くようにと言われたらしい。ついでに襖の修理代も請求されたそうだ。
あの時早苗が置いて行ったスマートフォンには、俺の番号のほかには高校と職場の番号しか登録されていなかった。職場の方にも連絡してみたけど、彼女の行方を知っている人は誰一人見つからなかった。
あまりにも手がかりが無さ過ぎるし、タイミングが良すぎると思う。早苗はもしかしたらずっと以前から、あきらを置いて出て行く機会をうかがっていたのかもしれない。
「友哉、これからは兄弟としてあきら君と仲良くな」
父さんが涙ぐんだ顔で、俺を振り返った。
「大丈夫よね。二人とも、とっても仲がいいもの」
「ちゃんと仲良くやるよ。俺もあきらと兄弟になるのは嬉しいし」
俺が笑顔を向けると、あきらもぱっと笑顔を見せる。
「うん、俺も嬉しい! 俺と友哉が兄弟なら、当然俺がお兄ちゃんだよね。弟が出来てすげぇ嬉しい!」
「はぁ? 俺が兄に決まってんだろ」
「何言ってんの、大きい方がお兄ちゃんに決まってる」
「常識的には生まれの早い方が兄だろうが!」
「早いったって、たった三日だろー!」
「そっちだって、たった2㎝だろ!」
「うー、この前の数学の小テストは俺の方が点数良かった!」
「歴史と国語は俺が上だった!」
「じゃぁ、次の中間テストで勝負しようよ! 総合順位が上の方が勝ちってことで」
「望むところだ。勝った方が兄、それでいいな」
「おー、男と男の勝負だ」
俺達は互いに拳を作って、コツン、グッ、パチンと合図を送った。
父さんと母さんがくすくす笑っている。
「その様子じゃ何の心配もなさそうだな」
「二人とも、7時には夕ご飯にするから降りてきてね」
俺とあきらが素直にはーいと返事すると、二人はまたくすくす笑いながら階段を降りて行った。
あきらが部屋の真ん中でくるりと一回転した。
「はぁー、なんかすげー。今日からここが俺の部屋かー、おりゃー!」
叫びながら勢いよくベッドにダイブする。
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