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 あきらは空に向かって大きく両腕を上げて、うーんと伸びをした。 「今日、すっげーいい天気!」 「ああ、こんなに快晴なのにフェリーが止まるって何なんだろうな」 「な、な、友哉、良いこと思いついた。まずはお弁当食べよー」  あきらはペシペシと自分のリュックを叩いた。  その中には、母さんが用意した俺とおそろいの弁当箱が入っている。 「もう腹減ったのか?」 「だってせっかくここまで来たんだから、海を眺めながら食べたいじゃんか。あっ、絶景ポイント発見!」 「は?」 「ほら、あそこの堤防! 堤防の端っこまできょーそー! よーい、ドン!」  と言うなり、あきらはリュックの紐をつかんでわーっと走り出した。 「お、おい」  あんなに走ったら弁当のおかずはきっとグチャグチャだ。やっぱりあきらの中身は小学生のままだと思いながら仕方なく追いかける。  海に突き出した堤防の先端付近には、何人か釣り糸を垂らしている人達がいる。あきらはその人達のいる方へ向かって軽やかに走っていき、ふいに弾かれるように後ろへ転んだ。 「うあ!」  あきらのあげた声に、釣り人が何事かと振り返るのが見えた。 「あきら!?」  ゆっくり走っていた俺はびっくりして速度を上げる。  うずくまったあきらのすぐそばまで来たところで、俺も思わず声を上げた。 「え、なん、え?」  前に進めない。  あきらがぽかんとした顔で、両手を前に出す。そしてパントマイムみたいに、手のひらを横にすべらせていく。  俺も同じように両手を前に出した。 「あ……?」 「なにこれ、空気の壁みたい」  あきらの言葉は、この現象をうまく表している。何か硬いものがあるわけじゃないのに、そこに強い圧力を感じて前に行けない。まさに空気の壁だ。 「どうした、坊主」  一人のおじさんが釣竿を置いて、こっちに歩いてくる。  座り込んで呆然と動かないあきらを心配してくれたらしい。 「なんだか顔色悪いぞ。具合悪いなら病院連れて行くか?」  おじさんの後ろから、他の釣り人も気がかりな様子でこちらに近づいて来る。  会ったばかりなのに、すごく親切な人達だ。 「い、いえ、大丈夫です。これはちょっとしたその……」  なんて言おうか?  立ちくらみ? 熱中症? いやまだぜんぜん暑くないし。 「えっと、貧血ぎみなので、休めば大丈夫です。……大丈夫だよな?」  苦しい言い訳をして見下ろすと、あきらもこくりとうなずいて立ち上がった。 「ぜんぜんだいじょーぶ」
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