1-(4) 境界線

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「あきら……」  一瞬感動しそうになったけど、俺は聞き捨てならない言葉に気付いてピクリと眉を上げた。 「んん? ちょっと待て。何をしれっと兄貴面しているんだ。俺の方が兄だろう?」 「ええ、まだそれ言う?」 「それはこっちのセリフだ!」  つないでいるあきらの手を乱暴にはずして、リュックから地図を出すと、俺は堤防の真ん中あたりに赤ペンでぐいぐいと線を引いた。 「まずは、東の端がここってことだよな」 「うん」 「ちゃんと確かめよう。この境界線がどこにどういう風に引かれているのか。丸いのか四角いのか、まさかの星型なのか、本当にどこにも抜け道が無いのか」 「俺もちゃんと知りたい。でも、今はそれよりも」 「それよりも?」 「なんかめちゃくちゃ腹減ってきたー。おばちゃんのお弁当早く食べよう」 「はぁ? 相変わらずだなお前」  平常運転のあきらにホッとしながら、もう一度地図を見る。  堤防の絶景ポイントで食べるのは不可能だったから、せめて景色の良いところを近場で探したい。 「ええと、じゃぁここは? すぐ近くに公園がある」 「いいね、公園でお昼なんて遠足みたいじゃん。海を見ながら食べられるかな」 「少し高台になっているから、海も見えるんじゃないか」  俺達は公園に向かってゆるい坂道を登り始めた。  少し前を歩くあきらの髪が、揺れるたびに日の光を反射してキラキラしている。もしかしたら、あきらの父親というのは外国人なのかもしれない。あきらの髪は、日本人の黒髪とはだいぶ質感が違うような気がした。 「本日のっ、お弁当のっ、おっかっずっわっ、なんじゃろなっ」  あきらは変な節を付けながら、坂道をぴょんぴょん跳ねていく。 「母さん、今朝ピーマンの肉詰め作っていたぞ」 「うっ、ぴーまん……」  急に足を止め、あきらは情けない顔で俺を振り返った。 「なんだよあきら、高校生になってもまだピーマンだめなのか」 「いや、大丈夫。ピーマンぐらい食べられないこともないこともないかも知れない」 「どっちだよ」 「ううーん」  あきらが心底困った顔をするから、俺はついつい笑ってしまう。 「しょうがないな。せめて一個は頑張って食べろ。残りはピーマンだけ俺が食べてやるから」 「ほんと? おばちゃんには内緒ね」 「ああ、内緒だ」  俺がこぶしを握って差し出すと、あきらもこぶしを握ってコツンとぶつけてくる。ぐっと指を握り合い、手を広げてパチンと合わせる。  コツン、グッ、パチン、子供の頃からの俺達の友情の合図。    ちょっと照れたように笑って、あきらはまた走り出した。  天気のいい休日に海の見える公園で弁当を食べる。それって、本当に遠足みたいだ。俺とあきらは少しの間だけ、本来の目的を忘れて遠足気分を味わった。
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