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「あきら……」
一瞬感動しそうになったけど、俺は聞き捨てならない言葉に気付いてピクリと眉を上げた。
「んん? ちょっと待て。何をしれっと兄貴面しているんだ。俺の方が兄だろう?」
「ええ、まだそれ言う?」
「それはこっちのセリフだ!」
つないでいるあきらの手を乱暴にはずして、リュックから地図を出すと、俺は堤防の真ん中あたりに赤ペンでぐいぐいと線を引いた。
「まずは、東の端がここってことだよな」
「うん」
「ちゃんと確かめよう。この境界線がどこにどういう風に引かれているのか。丸いのか四角いのか、まさかの星型なのか、本当にどこにも抜け道が無いのか」
「俺もちゃんと知りたい。でも、今はそれよりも」
「それよりも?」
「なんかめちゃくちゃ腹減ってきたー。おばちゃんのお弁当早く食べよう」
「はぁ? 相変わらずだなお前」
平常運転のあきらにホッとしながら、もう一度地図を見る。
堤防の絶景ポイントで食べるのは不可能だったから、せめて景色の良いところを近場で探したい。
「ええと、じゃぁここは? すぐ近くに公園がある」
「いいね、公園でお昼なんて遠足みたいじゃん。海を見ながら食べられるかな」
「少し高台になっているから、海も見えるんじゃないか」
俺達は公園に向かってゆるい坂道を登り始めた。
少し前を歩くあきらの髪が、揺れるたびに日の光を反射してキラキラしている。もしかしたら、あきらの父親というのは外国人なのかもしれない。あきらの髪は、日本人の黒髪とはだいぶ質感が違うような気がした。
「本日のっ、お弁当のっ、おっかっずっわっ、なんじゃろなっ」
あきらは変な節を付けながら、坂道をぴょんぴょん跳ねていく。
「母さん、今朝ピーマンの肉詰め作っていたぞ」
「うっ、ぴーまん……」
急に足を止め、あきらは情けない顔で俺を振り返った。
「なんだよあきら、高校生になってもまだピーマンだめなのか」
「いや、大丈夫。ピーマンぐらい食べられないこともないこともないかも知れない」
「どっちだよ」
「ううーん」
あきらが心底困った顔をするから、俺はついつい笑ってしまう。
「しょうがないな。せめて一個は頑張って食べろ。残りはピーマンだけ俺が食べてやるから」
「ほんと? おばちゃんには内緒ね」
「ああ、内緒だ」
俺がこぶしを握って差し出すと、あきらもこぶしを握ってコツンとぶつけてくる。ぐっと指を握り合い、手を広げてパチンと合わせる。
コツン、グッ、パチン、子供の頃からの俺達の友情の合図。
ちょっと照れたように笑って、あきらはまた走り出した。
天気のいい休日に海の見える公園で弁当を食べる。それって、本当に遠足みたいだ。俺とあきらは少しの間だけ、本来の目的を忘れて遠足気分を味わった。
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