1-(5) 静かな昼休み

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 伸びてきた髪は、意外と心地いい。耳だけでなく目元も隠してくれるので、女の子たちの視線をいい感じにさえぎってくれる。俺にだって人並みに自己顕示欲はあるけれど、こんな風に分不相応に注目されるのはどうにも慣れなかった。 「ほんともう勘弁してほしいよー。一日に何回トイレに行くとかまで監視されているみたいで落ち着かないー……」  愚痴りながらあきらが俺の横でぐったりと首をたらした。  廊下や階段にあきらのファンが密集して他の人が通れなくなることが何度もあって、5月の初め頃に、あきらは先生から出来るだけ中庭のベンチで食べるようにと言い渡されてしまったのだった。ここが一番、見物人が分散して安全なんだそうだ。 「あれ全部あきらのファンだろ? 本人からやめろって言えないのか」 「えー、友哉お兄ちゃんが言ってよー」 「なっ、お前、こんなときばっかりお兄ちゃんって」  ついこの前終わった中間テストは俺が学年一位、あきらが二位だった。だから、今は俺が兄であきらが弟だ。『今は』と期限をつけるのは、次の期末テストでもう一回勝負だとあきらから挑まれているからだ。  10位以内に入っていればそれで良かったはずなのに、兄の座をかけていつもより勉学に励んだおかげで、親と教師に違う意味で注目されるようになってしまった。  しつこく志望大学を聞かれても、まだ何も考えられない。まずは『あれ』を攻略しなければ、俺達は御前(みさき)市を出られず受験にも行けないのに。 「めっちゃ頼りにしてますー。ズバッと言ってやってください、ねっ、友哉お兄ちゃんっ」  語尾をかわいくはねあげて、あきらが上目遣いでまつげをパチパチと揺らした。  俺は前髪のすきまから、スマホを構える女の子達をちらりと見る。 「……いや、いくらお兄ちゃんでもあの集団には対抗できん……」 「ふはは、ま、そりゃそうか」  相手が一人だったら何とでも言えると思うが、集団になった女子の迫力はちょっと怖いものがある。  俺は一定の距離をあけて囲んでいる彼女達を見ないようにして、弁当を自分の太ももに置いた。両足をぶらぶらさせながら、あきらも弁当の包みを開く。 「おおっ、唐揚げだ」  蓋を開けてあきらが顔をほころばせる。すかさずシャッター音が響く。あきらが笑顔のまま、ちょっと固まったのが分かった。 「撮られたな」 「うん……」 「こうなったらやっぱり俺と偽装交際宣言するか」 「ううん、それって今となっては火に油だよ。単に喜ばせるだけ」 「そうなのか?」 「そうらしいよー」 「女子はよく分からないな」 「俺もー」
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