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「最初に食べた時はびっくりしたけどな。もうすっかり慣れてしまった」
俺は卵焼きを箸でつかんで口に放り込んだ。甘さがじゅわーっと口の中に広がり、俺はあきらを見て笑った。
「うん、甘いのも旨いな」
「だろ? 料理上手のおばちゃんに感謝し………あ……」
ふいに、あきらがぽろっと箸を落とした。
「どうした?」
箸を拾おうとしてかがんだ俺の腕を、あきらがガシッとつかむ。
同時に弁当が滑り落ちて、その中身が地面に飛び散った。
ギャラリーが小さく悲鳴を上げる。
「うわ、ぐちゃぐちゃ、どうし……」
「や、やばい……友哉」
「え」
「『あれ』だ。やばいっ、すごく近いっ」
さっと血の気が引いた。
こんな衆人環視の中で?
ダメだ、どこかへ移動しないと。
奇声を上げて地面に転がって暴れまわるあきらを、みんなに撮影されてしまう。
蒼ざめたあきらの腕をつかみ返して、視線を巡らせる。
俺達を囲む数百人のギャラリー。
その向こうに灰色の校舎。
ここから近くて窓が無くて鍵がかかる部屋は、理科準備室、家庭科準備室、進路指導室……だめだ、職員室で鍵を借りなければ使えない。
後は、保健室か。専門教科棟の一番端にある。生徒が急に駆けこんでも自然なのは保健室だけど、養護教諭がいる可能性もある。いや、こんなに大勢に見られるよりは養護教諭一人の方がまだましか。
「とりあえず保健室へ行こう」
蒼白になって立ち上がった俺達を見て、ギャラリーがざわめきだす。
「あきらくん、どうしたの?」
「あきらくん、具合悪いの?」
「あきらくん、大丈夫?」
「すまない、どいてくれ!」
口々にあきらを呼ぶ彼女達を無視して突っ切る。数歩進んだところで、俺につかまっているあきらの指がぐっと強く食い込んできた。
「来た……! うぐっ」
あきらが悲鳴を上げないように口を押えてよろめく。そのシャツに血がにじむ。俺はあきらを抱えて引きずるようにして進む。
保健室、遠い。
どうする?
首を巡らす。
「あきらくん、どうしたの?」
「あきらくん、具合悪いの?」
「あきらくん、大丈夫―?」
「あきらくーん」
「あきらくーん」
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