1-(6) 道切りの蛇

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1-(6) 道切りの蛇

 ―― 静かな昼休み。  それは俺達にとってかなり魅惑的な言葉だ。 「部員になれば部室の合鍵を進呈しますよ。昼休みでも放課後でも自由に使ってもらってかまいません。ちなみにオカ研のほかの部員はみんな幽霊部員ですから、実質、ここに来るのは僕だけです。誰にも邪魔されずに、ゆっくりお弁当を食べられるんじゃないですか?」  吉野は畳みかけるように、好条件を突き付けてくる。  つい受け取ってしまった入部届は、入部希望者のクラスと名前を記入する欄があるだけのシンプルなものだった。避難場所が出来るのは非常にありがたいが、部活動に時間を取られて成績が落ちるのも困る。  判断に迷ってあきらの方を振り向くと、あきらはじぃっと吉野の顔を見ていた。いや、顔というより左肩のあたりだろうか。 「あきら、どうした?」 「え、ううん。何の心配もないみたい」 「心配って?」  聞くと、あきらは顔をしかめて血の滲んだ腕を押さえた。 「う、ちょっと」 「何だ、痛いなら痛いってすぐ言えよ」  俺は慌てて入部届のプリントを床に置くと、吉野を振り返る。 「ここって救急箱置いてあるか」 「あ、はい、常備してあります」  吉野はすぐに本棚の上に手を伸ばして、救急箱を取った。  俺はそれを受け取り、急いであきらの前に座る。 「傷、深いのか」 「ううん、たいしたことないよ。ほら」  制服のシャツをめくって、あきらが見せてくる。 「ほんとだ……思ったより浅いな」  ほっとして言うと、後ろで吉野が「えっ」と変な声を出した。 「浅いって、それが? けっこうな怪我だと思うんですけど」  あきらは自分のハンカチで血を拭うと、腕を動かして見せる。 「ほら大丈夫だよ。救急車呼んだ時の傷に比べればぜんぜん軽いし」 「そうだな。このくらいならいつも通りだ」  俺達の言葉に、吉野が顔を引きつらせる。 「ちょっと待って下さい。救急車とかいつも通りとか、あなた達の身にいったいどんな恐ろしい怪異が降りかかっているのですか。そこのところを詳しく聞かせてもらえませんか? 僕はオカ研の部長としてすごく興味があるんですけど!」 「いや興味本位でそん……」 「どうして吉野さんは俺達に関わろうとするの?」  俺のイラ立った声をさえぎって、あきらが質問した。  吉野は制服のポケットからスマートフォンを出して何か操作すると、こちらに見えるように差し出してきた。  あきらと二人で画面を覗き込む。 「え、この写真」 「あきらと、俺?」  そこに写っていたのは、俺があきらを支えている場面だった。着ているものは量販店で買った色違いのウィンドブレーカー、背景は整備された山道、おそらく一乃峰のハイキングコースだ。 「そう、よく撮れているでしょう。上気した頬、潤んだ瞳、見つめあって抱き合う二人。これからキスする5秒前、っていう瞬間みたいですよね」
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