(1) 友哉の目に見えるもの

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「あれ、お兄さん、八尺様は見えるのにこの子達は見えないんだ?」 「え?」  俺が手で合図すると、(おぼろ)がからかうように男のまわりをまわる。 「うひゃぁ! な、なに? なんか冷たい!」 「こら、あきら」  笑いをこらえるように友哉が注意する。  朧はすぐに男から離れたが、男は蒼白になってがくがくと震え始めた。 「な、何ですか今の……呪い? 八尺様の呪い……?」 「あの、さっきから言っているはっしゃく様って何ですか?」  よく分かっていない友哉に、男が噛みつくように叫ぶ。 「知らないんですか? この世で一番怖くて一番トラウマな話なのに!」 「話? フィクションだと分かっているのに怖いんですか?」 「違います、あれはほんとにあった話をもとにしている話なんです!」 「ほんとにあった?」 「いやぁ、ネットで流行った都市伝説だよ。ちょーでっかい女の人で、魅入られると呪い殺されちゃうとかって」 「へぇ……」  この世には音声読み上げソフトという便利なものがあるので、目が見えない人でもスマートフォンやパソコンは使える。でも、友哉は起きていられる時間が人より短いからほとんど暇潰しをしない。ネットの掲示板などはアクセスしたことすら無いかも知れない。 「大きいっていう情報と『はっしゃくさま』っていう響きで、俺は一瞬お坊さんみたいなのを想像したんだけど」 「ああ、見越し入道みたいな?」 「そうそれ。見上げれば見上げるだけ大きくなっていく僧侶姿の妖怪」  ひぃっと男が喉の奥で変な声を出す。  よほど大きいものが苦手らしい。  振り向くと、男は見る見るうちに蒼ざめて悲鳴を上げた。 「あ、あぁ、うわぁ! 巨、巨人が! 僧侶の巨人が!」  男が尻もちをついて空を指差す。 「あちゃー」  俺は男の指さすものを見て声を上げた。  駐車場に覆いかぶさるようにして、巨大な入道が男を見下ろしている。 「ひ、ひぃー! た、たすけて、たすけてぇ!」  男の絶叫に友哉が瞬きする。 「え、どうした?」 「この人、また幻覚を見てるみたい」 「俺が余計なことを言ったからか」 「はは、そうかも」  俺は腰を抜かしている男の肩に手を置いた。 「お兄さん、幻覚、あれも幻覚。いないって思えば消えるよ」 「う、うそだ! だって、ここにいる! 目の前にいる!」 「ん-と、じゃぁ、いるってことでもいいよ。お兄さん、見越し入道は視線を下げていくとそれにつられて小っちゃくなるから、ゆっくり視線を下げてみたら?」  男は、上を見上げたまま、この猛暑の中で歯をカチカチいわせて震えている。 「む、むむむむり。視線を動かせない……」
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