1-(6) 道切りの蛇

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「はぁ? 違うよ! これって明らかに『あれ』に襲われて……」 「これを撮ったってことは、あんたは近くで一部始終を見ていたってことだよな? そんな色っぽいシーンじゃないってことは分かっているはずだろ」  俺達の抗議の声に、吉野はくすっと笑う。 「ごめんなさい、キスっていうのは冗談です。確かに見ていました。二人で狂ったように(わめ)いていて、ちょっとおかしい人かと思って近寄りませんでした」 「あー、はは、なるほど。やっぱり知らない人からは奇人変人に見えるんだ」  あきらが苦笑する。 「はい、そうですね。学校の人気者の見てはいけない奇行を目撃したと思って、それからずっと二人が気になっていたんです。ファンの子達の後ろから、お昼の様子をうかがったりして」 「それでタイミングよく声をかけてきたのか」  吉野はうなずいた。 「倉橋君の言うように僕は興味本位というか、怪異への好奇心が大いにあります。けど、二人を勧誘したのはそれだけじゃなくて、何か力になれたらという気持ちがあるのも嘘じゃありません。だって、僕が一乃峰で見たのはまぎれもなく本物の怪異だったってことでしょう?」 「『あれ』が本物の怪異だと、あんたは本気で信じるのか」  俺達が襲われて二人で騒いでいても、いつも大人はふざけているとしか見てくれなかったのに。 「信じるもなにも、実際に僕も襲われたので」  吉野は右手の甲を俺達に向けて見せた。  くっきりと『あれ』の歯形がついていて、どきりとする。  そういえば、俺とあきら以外で『あれ』に噛みつかれたのは吉野が初めてだ。 「なんか、変な気分だな……」 「うん、チョー変な感じ」 「変って、どういう意味ですか?」 「実際に俺達を助けようとして手を出してくれたのは、あんたが……吉野が初めてなんだ。俺達以外で、その痛みを共有したのも吉野が初めてだから、その」  俺は立ち上がって、吉野に向かって頭を下げた。 「助けてくれて、ありがとうございました」 「ありがとうございました」  あきらは座ったままだが、俺の横でぺこっと頭を下げる。  吉野は少し困ったように頭をかいた。 「うーん、そんな改まってお礼を言われると罪悪感が……。最初にこれを撮った時はスクープだと思っていたんです。あなた達のファンクラブに売ればいいお金になるかなぁ、などと一瞬考えちゃったくらいなので」 「ええー、それって写真撮るために俺達をつけてたってこと? まさかストーカー?」  あきらがずりずりと足を動かして俺の後ろに隠れようとする。
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