1-(6) 道切りの蛇

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「吉野は部長をしているってことは三年生なんだよな」 「はい、そうです。倉橋君って僕が先輩だと分かっていても、その話し方なんですね」 「今までは違う学年の奴とは関わって来なかったし、先輩後輩という文化がイマイチよく分からなくて」 「文化、ですか」  先生などの大人には自然に敬語で話せるけれど、ひとつふたつしか年の変わらないガキ同士で敬語を使うのは慣れなくて妙な気分だ。 「不快だったら直すけど……あ、直しますけど」  吉野は微笑んで首を振った。 「いいえ。そのままでかまいませんよ」 「吉野は俺達が後輩だと分かっていても、敬語なんだな」 「僕のこの話し方は癖みたいなものですからね」  応急手当が終わる頃に、ちょうどよくタイマーがピピピと小さく鳴った。  ご丁寧に割り箸まで用意されていて、俺とあきらはそれを指に挟んで手を合わせた。 「いただきます」 「いただきまーす」 「どうぞ召し上がれ」 「うわー、授業中にこんなことするなんて、なんかもう、もうっ、チョー背徳感!」 「はしゃぐなよ、あきら」 「友哉だって、ちょっと嬉しいくせに」 「まぁ、否定はしない」 「この後ろめたさが、より一層おいしく感じさせるんですよね。喜んでもらえて何よりです」  音を立てて麺をすすりながら、三人で『あれ』について話してみた。  吉野が質問して、俺が答え、たまにあきらが茶々を入れる。  話の内容は怪奇現象についてのことなのに、室内の空気はなぜか和やかだ。吉野の優しいしゃべり方のおかげかもしれない。 「じゃぁ、正体の分からない『あれ』に悩まされるようになってから、もう十年が経つんですね。二人とも強いです。僕だったら耐えられる気がしない……」 「それは、俺達がひとりじゃなかったからだと思う」 「うん、その通り」  俺が顔を向けると、あきらはちゅるんと麺をすすってから、照れたように少し笑った。  互いに相手に寄り掛かって、互いに相手を支えてきた。  ひとりだったら、もうとっくに心が折れていただろう。 「でも結局、はっきりと分かっているのは二点だけなんですよね」  吉野はメモ帳をペン先でツンツン突きながら、話を簡潔にまとめていく。 「ひとつ、犬のような見えない何かが、何度も何度も襲ってくること。ふたつ、どんな交通手段を使っても、倉橋君と久豆葉君は境界線を出られないこと」  吉野は自分の右手に貼られた大きな絆創膏を見下ろす。 「いったい『あれ』というのは何なんでしょうか。かまいたちや送り犬とも違うようですし」 「ああ、そうだよな」 「かまいたち? 送り犬?」  俺はうなずき、あきらは首を傾げる。
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