(3) 窓を叩くもの

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『どうしてだよ、あきら……』  ドアの外から悲痛な声がする。 『どうして俺を……どうしてこんな……』  偽物の友哉は片手で血の流れる首を押さえて、弱々しく窓を叩いてくる。 「友哉、ごめん、ごめんなさい……」  偽物が完全に偽物ならこんなに混乱したりしない。偽物の姿は俺の願望を映していて、偽物の首から流れる血は俺の罪悪感を映し出している。 「頭を撫でてやろうか」 「え」 「歌を歌った方がいいかな」  友哉が少しおどけるように優しい声を出した。 「お前が何を見ているのかは分からないけれど、それは全部嘘だから。駐車場で山川さんが見た八尺様と同じだよ。いないと思えばきっと消える」 「きえる……?」  声が震えてしまう。  首から血を流す友哉が、泣きながらドアをひっかいてくる。キーキーと嫌な音がして、友哉の指先が血に染まっていく。 「うん、絶対に消える。怖い夢みたいなものだよ」 『あきら、ここを開けてくれ……助けて……痛いんだ。助けてくれ、あきら……』  窓ガラスをひっかく音に重ねて、俺を呼ぶ偽物の声が悲痛に響く。  偽物の黒い瞳が赤く染まり、目尻から血が流れ始める。 「夢……夢なら早く覚めたい」  俺の背中を友哉がそっと撫でてくれる。  俺は目を閉じて本物の友哉の髪に顔を近づけ、清浄な匂いを吸い込んだ。 「おまじない、しようか」  ポソリと場違いな単語が友哉の口から出て来た。  「おまじない……?」 「そ、怖い夢を見た時のおまじない」  友哉が微笑む。  友哉のまわりだけが、うっすらと柔らかな光に包まれている。 「覚えていないか? 雪彦さんの屋敷にいた頃のこと」 「覚えてる……」  友哉が俺にしてくれたことは、全部はっきりと覚えている。 「あの時のおまじないさ、めちゃくちゃ効き目があったろ?」  茶目っ気たっぷりに友哉が聞いてくる。 「うん……効き目、めちゃくちゃあったね……」 「俺に除霊や悪霊退治の力は無いけど、あきらの悪夢を祓ってやることは出来るよ。俺はあきらのお兄ちゃんだから」
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