(3) あきらの日常

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 俺の言葉に男はぽかんと口を開けた。 「なんだって?」 「あなたが殺したんだ。自分のお父さんも、その奥さんも」 「そんなわけがないだろう」 「おお、ポーカーフェイスうまいね」 「まったく意味の分からないこと言うからだ。私は誰も殺していない。警察に確認してくれれば分かる。私にはちゃんとしたアリバイが……」 「あ、そういうのはいいよ」 「は?」 「俺は刑事でも探偵でもないんで、アリバイトリックとかどうでもいいんで」 「ト、トリックなんて無い! 私は潔白だ」 「トンネルで死んだ女の人は分からないけど……でも、少なくともあなたのお父さんとその奥さんは、誰が殺したか明白だよ」  男はバカにしたように俺を見た。 「明白? 何をもって明白なんだ? そこまで言うなら証明して見せなさい。フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。誰が殺ったか、どう殺ったか、なぜ殺ったか。その不可欠な三要素を説明もせず、おかしな言いがかりはやめてもらおうか」  この男は推理小説が大好きなんだと分かったけど、俺はそんな三要素に興味はない。友哉さえ安全ならそれでいいんだ。 「だってさ、そこにいるんだもん。あなたのお父さんとその若い奥さん。あなたの後ろで怖ーい顔して取り憑いてるよ」  見て分かるくらいにさっと蒼ざめた男の肩を、もっと青白い顔をした男女が両側からつかんでいた。  幽霊はこの家ではなく、この男に憑いていたのだ。 「海辺のお洒落な家に三ヶ月ぅー。幽霊のいない家に三ヶ月ぅー。ちょっと遅い夏休みぃー」  海までの道を、俺はご機嫌で歩いていた。  男は俺の言葉にちょっとビビッていたけど、けして自分が殺したとは言わなかった。  その内に霊障で病気になって死ぬかもしれないし、もしかしたらその前に別の祓い屋に頼むのかもしれない。どっちでもいい。とにかく、あの怖い顔の幽霊を友哉に近づけさせたくなかった。  今回は休暇に来たんだし、煩わしいことには関わりたくない。放って置いても良かったけれど、念のために妖狐の力を使って男に約束させた。  俺達がここにいる三か月間は絶対に近づかないこと、手続きもすべて代理人にやらせること。  そして、幽霊を背負ったままでさっさとここから帰らせた。  夏の残り香が混じった風がサァッと吹き抜けていく。 「あきら」 「ん-」  俺の腕をつかんで歩きながら、友哉がこっちに顔を向けてさらりと言った。 「5、135、12、1456、126」  5は『濁音の記号』、135は『た』、12は『い』、1456は『す』、126は『き』。  つまり、『だいすき』。
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