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 この葉がいなくなっても細々と店が続けた。百美子先輩が夜もたまに手伝ってくれる。店を始めたおかげか、恋をしたせいなのか、あまり焦らなくなって来た。これを成長というのだろう。知らないうちにするものだ。  未来が来て、 「今度、妹ができるんだ」  と笑って言った。離れているほうがいいみたいと言うのは本音だろう。  この葉からはたまに陶器市の知らせが届いた。行けるところには自分で出かけて、販売を手伝ったり、余ったものを格安で譲ってもらったり。誕生日プレゼントにはこの葉が作った、箸置きにしては大きく、皿にしては歪な陶器をもらった。  暇そうなので大和田をバイトに迎えたら、料理もできるし、頭の回転が速く、気の利いた動きができる。  やっと父が小上がりを完成させてくれて、ついでに大工に転職した理由も話してくれた。亡くなった母が、 「大工さんてかっこいい」  と店を直してくれた大工さんを見て言ったそうだ。それだけで仕事を変える父ってさすがだ。  いもがら、モロヘイヤ、葡萄にまつたけ。季節が移行してゆく。  この葉への気持ちは変わらない。湯呑みを使う度、この葉にキスがしたいと思う。  みんなとも相変わらず。大和田を雇ったら古谷が来なくなってしまった。千和ちゃんも錦野のゲームだけはしているようだ。  会いたくて、苦しくなる気持ちもわかる。普通はおかしなふうに変化しない。 「大変だ、正磨。父さん、モテ期だ」  帰宅した父が突然言う。 「ゆう姉と百美子先輩?」 「なんで知ってるの?」 「なんとなく」 「どうしよう?」  年甲斐もなく嬉しそうで気味が悪い。 「自分で考えなよ、大人なんだから」 「どうしよう? 母さん」 「母さんに聞くなって」 「だって、両方かわいいじゃん。看護師だぞ。胸、ぼーんだぞ」 「二股とかやめてね。そうだ週末、この葉のところ行くから」 「お前の恋は順調そうだな」 「うるさいな」  父から聞いたのだが、この葉はやっぱりまだお母さんの死を理解していないらしい。お母さんのスマホを解約できずにメールを送り続けている。お父さんがそれに返信をしてしまったから、余計に混乱しているのだろうとお父さんは後悔している。厄介なことにこの葉のお母さんの家が立派で、この葉を引き取るチャンスを窺っているらしく、それに父は同情してうちで預かることにしたそうだ。もしかしたら僕も同じような状況だったのかもしれない。この葉は僕らと暮らして、毎朝仏壇に手を合わせるのを見て、少しだけ死を受け入れようとしているとお父さんは話してくれたそうだ。  ようやく恋を知ったけれど、この葉を好きな気持ちがきれいなにか汚いのかさえわからない。独占したい。舐めたい。いつかする。そのときまで隠しておこう。  今はただ同じ空を眺めていることしかできない。たまには電話もする。会いたいと思える人がいるだけいい。世界が明るい。  急がなくなって、きっと僕らには同じ未来が待っている。君がどこの誰だって、この気持ちは変わらない。必ず、会いに行く。試練がない恋でもこの葉にそっぽを向かれたら終わってしまう。僕に大きな野望がなくたって、君がどこぞのお姫様でなくても恋はそれなりに難しい。  この葉の家の近くの植物に覆われた川を早く見たい。いや、一番はやっぱり顔が見たい。  そう思っていたらこの葉から写真が届いた。だめだ、余計に会いたくなってしまうよ。画面の頬を撫でるくらい許して。 おわり
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