卒業前

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 卒業式を明日に控えたその日の夕暮れ時、少年は鉄心でも入れた様に不自然にまっすぐ立って、年上の相手を必死に見つめていた。  いつもの呼び方を言いかけてやめ、相手の下の名前で呼んだ彼は、それをするにどれ程の勇気が必要だったのだろう。  頬の色は夕日に染められたものではないのは、たまたま居合わせ身を隠したあたしにも分かった。  十五歳の子供の言葉を受けた大人の彼女の表情は、背にした陽光のせいで読み取れるものではなかったが、いつもと同じ優しげな声で相手の名を呼んだ。 「あなたの誠実な言葉は確かに受け取りました。ですがはその気持ちに応える訳には行きません」  少年は一度唇を噛み締め、しばらく黙っていたが、やや強い口調で再び口を開いた。 「俺が子供だからですか?生徒と教師だからですか?そんなの、会うタイミングや場所が違ったら関係無かったじゃないですか! 」  語尾が震えるその言葉を前にしても女教師は落ち着いた声のトーンを変えずに静かに答えた。 「岸田君、良く聞いて下さい。あなたの様な思春期の少年は恋愛に対して積極的な気持ちを持ち始める頃です。そして、身近にいる年上の女性に憧れる事は珍しい事ではないのです」  女のあたしから聞いても残酷な宣言だった。彼の純粋な恋心そのものを否定する言葉だったからだ。  岸田少年は今にも泣きそうに表情を歪ませて、それでもそこから逃げなかった。 「恭子さんが、たまたまそれに当てはまってしまったと、そう言うんですか」
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