卒業前

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「岸田君、三年間、勉学に運動に部活動に学校行事にと、よく励みました。先生はあなたの頑張りをしっかりと見ていましたよ。そして明日卒業です。ここで培ったものを糧に人生の次のステージに進むのです。囚われてはなりません。あなたは、中学校生活と、中学生だったあなた自身を卒業してゆくのです」  自分への思いを卒業しろと彼女は静かに、そして分かりやすく少年の初めて生まれた思いに叩きつけた。  本人はたまったものではないだろう、ましてや思春期の真っ只中、その揺れる思いがそのまま眼球の動きに現れている。  しかし、清瀬先生は教師としての姿勢を崩さず、少年のこれからの為に、自身の役目を果たす為に、優しくもあたたかい、否をひっこめなかった。 「俺…… こんな気持ちで卒業なんかできません」 「それでもしなくては。あなたは一つ大人になるのだから。大人になる時はどうしても痛みを伴うものなのです。これからもきっとそう言う場面に出くわすでしょう。だから岸田君、卒業なさい。今のあなたから」  岸田少年は表情の見えない相手から初めて顔を背けて、手に爪を強く喰い込ませていたが、やがて無言で走り去った。  あたしは力が抜けてしまって、自分が息を止めていた事に初めて気づいた。 いい加減いい年をしたおばちゃんにそうさせる真剣みと迫力があったのだと気付く。  あたしは未だ背をぴんと伸ばして立ち尽くしている清瀬先生に足を向けて、なるべく柔らかい声を掛ける事にした。
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