序章

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分からせるために わざと高圧的な言い方をする。 「飼うには治安が良くない。 猫なんて飼ってみろ。 変な奴等に絡まれるのがオチだ。 面倒なことに巻き込まれたくないなら、 捨ててこい」 「でもっ」 「毎回食事を与えてやれる程 うちには食べ物がないだろうが」 レオナは必死に説得を続けてくる。 「私がこの子の分まで稼ぐし、 レオ兄には絶対に迷惑はかけないから」 「なら条件がある。移動しよう。 違った生活をしたいだろ?  綺麗な事が沢山あるんだ」 十年前に治安のよい場所に行けば よかったが出来ずにレオナを暗 闇に引き込んでしまった。 ここでは綺麗な服を着ることや 清潔な住居に住むなど到底叶わない。 いい機会だからと 条件に出したもののレオナは 頬を膨らませてしまった。 「なんでそんな事言うの? スリの生活から足を洗うことなんて無いよ。 お金を持っている人からちょっと貰うだけなんだよ」 俺は自室にしまってある紙一枚を片手に レオナの前に戻った。 「……引っ越すために土地を買ったんだ」 手にした権利書を示したが レオナは喜ぶどころか 表情が曇ってしまった。 俺は辛抱強く呼びかけた。 「もう下級地区にいる意味はない。 この猫飼われてるんじゃないか?  とってもいい毛並みをしている。 飼うなら以前と同じ暮らしをさせてやりたいだろう」 「それはそうだけど。 親だって、兄さんだって ここで待っていてほしいと思うよ。 だって血縁者だもの。 いつか、会いに来てくれるかも知れないじゃない」 その主張は詭弁だとレオナにだって 分かっているはずだった。 「そんなこと言えるか? あいつらは金だけ持って」 「言わなくても分かってる。 でも姿だけでもみてみたい。 大丈夫、待てるよ」 《天使の微笑み》 という言葉を連想させるほど レオナは綺麗な笑顔を浮かべた。 「辛気臭い話は終わりね。 この子飼うから。 名前決めないとね~」 俺は納得いかない徒労感に襲われつつも これでもいいかと思ってしまう。 「仕方ない――ん?」 コツカツ、コツカツ 「なんだ?この音。外からか?」 コツと鳴り止んだ。 俺が腰を上げた時にドアが開き、 腰の曲がった老婆が立っていた。 「失礼するよ。 天使と名高いお嬢さんを私に売ってくれないかい? そうしたらその金で治安のいい地域を回るんだよ。 良いだろう?」 ここは住む場所がない者が 集まっている最下層の地区だ。 下卑た誘いが聞こえない日はない。 レオナは数少ない例外なのだ。 「さあ早く」 こうして突っかかってくる腑抜けも何人かいる。 「レ、レオ兄どうしよう」 助けを求めるか細い声を聞いた瞬間、 普段つけている心の仮面を取りたくなった。 俺は誰もが怯む声を出した。 「誰が腐った要求呑むか! ざけるんじゃねぇ!」 熱くなってしまうのが悪い癖だ。 怒号の言葉を浴びた老婆は慣れているのか 顔色一つ変えない。 「あんたみたいな品のない口のきくと 必ず後悔することになるんだ。 不幸がくるよ」 などと喚くだけ喚いて去っていった。 老女を見送った俺は小さく舌打ちをした。 「全く何なんだよ」 全身を堅く強張らせているレオナに俺は笑いかけた。 「大丈夫だ。守るから安心しろよ!」 「うん」 レオナはほっとしたように 猫を抱きしめながら深い眠りに落ちて行った。
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