一人の画家の美術館

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一人の画家の美術館

 人間社会から逃げ去りて、森に来た。人間様達と決してとしてなじめなく、私は森へ来た。私は駄目な人間だ。本当にうだつの上がらない人間だ。〝優しさだけが取り柄のポンコツ〟それが私だ。周りから優しいとは言われた。だが、結局として優しいだけでは報われなかった。  この世にいる人間は、優しくないので、他者の気持ちなんて、きっと一縷も分からない。そんな人間達が支配する世の中なのだ。その世の中で、優しさという武器は、水鉄砲よりも弱弱しいのだ。そんなことをやっと理解できた二十七歳の今、私は社会から逃げ、森に来た。もう、人間様とのかかわりを終わりにしたかったのだ。人間のいない場所に来たかったのだ。  だが、私の思惑は、少し外れてしまった。この辺鄙な人ごみ離れた森の中に、一つのおんぼろな家があったのだ。日本にあるくせに、やたら洋風の家だなぁ。煙突のついた洋館だ。あまり人が寄り付かないのであろう。まさに廃屋と思しきその洋館の庭には、草が茂っている。門も、おんぼろで、鍵が壊れて、半開きになっている。  無視すればよろしい、こんな人工物。私は確かにそう思ったし、私は人から離れてこの場所にやってきているのだ。わざわざ人工物に寄り付く必要もない。だが、私はその洋館の壊れた門に手をかけた。何故だろう? 己でも分からない。だが、私はどうしても、この屋敷の中に入ってみたかったのだ。心がそれを望んでいるのが分かるのだ。この屋敷の中に何があるのかは分からない。だが、私はその屋敷の扉を確かに開け、その中に確かに入った。  家の中に入ったが、床にものが散乱しており、外装同様決して綺麗とは言い難い。カーテンの隙間からかすかに入ってくる太陽の光は光源の意味をなさず、昼だというのにろうそくの光がゆらめいている。人が住んでいるのか? 廃屋だと思ったのだが、目の前に一人の人間が存在しているということは、ここは廃屋ではなかったのだろうな。  この家の主と思われる存在は、ろうそくの光にかすかに顔を照らされて笑う。フードつきのコートをまとった女性である。その顔の上半分はフードに隠されて見えはしない。そのかすかに見える顔の下半部は、笑っている。とても楽しそうに笑っている。そんな女性がいるおんぼろな家の中だ。よく見ると壁にはとてもたくさんの絵がかけられている。特徴的な絵がかけられている。その数多の絵の中、フード付きのコートを身に着けた女性は楽しそうに笑う。           ※  ふふふふふふふ、久しぶりの客人だね。ようこそ、私の美術館へ。なに? 美術館にしてはおんぼろだって? うるさいな。それに森の中にあるなぁだって? そうだね、私の美術館は森の中にあるんだ。あ、コーヒー飲むかい? あたしのコーヒーはめっちゃ美味いんだよ。え? いらない? あ、そう。ならあげない。いいよいいよ、あたし一人で飲むから。うん、美味い。あーこんな美味しいコーヒーを飲まないなんて、馬鹿な選択をしたもんだよね。でも、あなたは優しい人なのかもね。そうじゃないと、あたしの美術館にたどり着くはずがないもの。あたしの美術館は、わざわざ優しくない人を誘ったりしないから。  そうだね、ここはあたしが書いた絵を飾る美術館なの。こんなおんぼろでもなんでも、あたしが美術館だって言うんだから美術館なの。絵を見たい? いいよ。見せてあげる。飾ってあるから好きに見てよね。でも、気をつけてね。あたしの絵は生きているんだ。見た人間を絵の中に引きずり込んでしまうの。だから、気をつけてね。だけど、楽しんでね。あたしの美術館をね。きっと、あなたのお気に入りの絵があるはずだからさ。
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