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始まりは一本の電話だった。
「……もしもし?」
いつものバイトの帰り道。着信を知らせるコール音に俺、黛悠馬は眉をひそめながら電話に出た。ディスプレイに表示されていた文字は非通知だった。
今思えばこれが間違いだった。後悔先に立たずとはよく言うが、こんなもの未来予知でも出来なきゃ回避のしようがない。
「やあ、出てくれたね」
スピーカーから聞こえてきたのは若い男性の声だった。当然というべきか、知らない声だ。
間違い電話か。そう結論付け切ろうとした時、聞こえてきたセリフに指が固まった。
「帰らない方が良い。君の家には警官が居る」
「……はぁ?」
突然の宣言に頭の整理が追い付かない。なんで警察が? 何故こいつはそれを知っている? いや、そもそもこいつは誰だ?
「警察は今とある事件の調査をしていてね」
「いや待て待て! 意味わかんねぇ! それでなんで俺の家なんだよ! それにいくら警察でもそりゃ不法侵入だろ!」
「今帰れば問答無用で拘束されるね」
怒鳴っても電話の向こうの声はどこ吹く風といった様子で、こちらの疑問に答えすらしない。その声はむしろ楽しそうですらある。
とにかく冷静になろう。
現状情報の提供元はこの声だけだ。胡散臭い上に荒唐無稽だが、もしも言っていることが真実なら自分は何らかの事件で疑いをもたれているらしい。重要参考人とかいうやつだ。
「身に覚えはないだろうけど、ようは君は犯人に仕立て上げられたってことさ」
「……」
つまりは無実の罪だ。当たり前だ。身に覚えがないどころか、生まれてこの方警察のお世話になった事などないし、罪を犯したことだってないのだから。万引きだって路上駐車だって、犯罪になるようなことは何もしていない。精々が子供の頃に喧嘩して同級生を叩いたことがある程度だろう。
こちらの身が潔白である以上、例え疑われていてもそう簡単に捕まるわけではないはずだ。警察もそこまでバカではないだろう。
そう考えれば、やはり怪しいのはこの電話の声だ。わざわざ非通知で連絡をするなど回りくどい。
「……俺が犯人じゃないとわかっているなら、あんたが擁護してくれれば良いんじゃないのか?」
俺は探りを入れようと質問をした。相手に答える気はないかもしれないが、何も行動しなければ全て相手のペースになってしまう。
……たぶんそう考えてしまったのは失敗だった。さっさと電話を切ってしまい警察に連絡するべきだった。
あるいは、そう行動したことすら相手の思惑通りだったのかもしれない。
「僕がその犯人さ」
その唐突に投下された爆弾は俺の思考能力を奪い去るには十分な威力だった。
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