惑星アクア

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惑星アクア

水の惑星アクア、その名の通り水で溢れた世界なのだろう。そこに街があるとするならば、地球の水の都、ヴェニスのようなものだろうか。 「おはようございます、お父様、アクセル、H.A.N.Sにヨース」 グラウベンから通信が入る。ホログラムキネトスコープを起動させるが、グラウベンの顔は見えない。回線の調子が悪いらしい。そのことを彼女に伝えると、あちらからは見えていることが分かった。 「では、惑星アクアに向けて出発しようではないか!」 叔父が意気揚々と操縦桿を握るので、H.A.N.Sが私がやりますと言わんばかりに腕を伸ばした。H.A.N.Sの手伝いがあれば、あの叔父であっても大丈夫だろう。 「任せたよ、H.A.N.S」と、私が声をかけるとグラウベンが「あらあら」と笑う。そうだ、彼女にも聞こえているのか。少し恥ずかしいな、と今更思った。 H.A.N.Sは操縦桿を強く引き、ギアを切り替えた。船腹のローターで風が巻き起こり、船体を浮かす。辺りの木々が大きく揺れる。その様は、我々に手を振っているかのようだった。 (さようなら、惑星ヨウスド。また来るよ)と、私は心の中で別れを告げた。 惑星アクアに着いたのは、光速走行込みで8時間後。アクアの着陸地点はもう夜だった。いや、着陸と呼ぶべきか。着いたのは陸ではなく、水の中だったのだ! 近隣の星についてはクシュク校で学んだ。しかし、惑星アクアは惑星ハウラベンから直通列車が無い遠い星。この星を訪れる者の多くは学者や貴族であり、まさか私がこの地、いや水を踏むことになるとは思わなかった。 微小重力のこの星は、核である岩とそれを覆う水の塊、そして空気でできているらしい。アクアリズムと呼ばれる星人が住む街は、岩に被さるように建てられ、それぞれが半球型である。人間用に空気を取り込むダクトが至る所に取り付けられ、張り巡らされ、まるで毛細血管のようだった。 「叔父さん、惑星アクアがこんなにも発展しているとは思いませんでした!知っていたのですか?」 「ああ、もちろんだともアクセル。だから私はこの星を選んだ」叔父は駐船料金を渋々支払いながら続けた。「H.A.N.S。何思い出したらすぐに声をかけるんだ。良いかね?」 H.A.N.Sは「ヤー」と応えると、グラウベンのために辺りを見まわす。その腕にヨースが抱かれていたので、私は、水が苦手なジャネックのヨースには船内で待っていてもらおうと提案をした。彼の為に、飲み水と干し肉を船内に置いてみせると、H.A.N.Sもヨースも納得したらしい。ヨースは「にゃお」と鳴くとノーティラスへと戻って尻尾を振った。 さて、と叔父の方を向き直すと彼が消えていた。いつものことである。駐車料金などを浮かす為に早歩きで目的を果たす癖だ。通信のグラウベンも「あらあら」と呆れていた。私は近くの警備のアクアリズム人に向かった先を尋ね、街の中心部へと続く回路を跳ねるように走った。 惑星アクアの街並みは、それはもう不思議なものだった。街は電球ではなく、ネオン管で輝いていたのだ。不思議に思った私は、思わず手を伸ばし触れてみる。ネオン管はしっかりと住居に取り付けられている。今が夜だから取り付けているわけではなさそうだ。グニャリと星合語に曲げられたネオンサインは街の中心部に向かうほど多くなり、叔父と合流した時には、ネオンサインに取り囲まれているかのような錯覚を起こした。 「遅かったな」と、叔父が海藻のマコウソウでできた葉巻からぷかぷかと煙の輪を浮かばせる。微小重力に慣れていない私は、全力で走ったことを後悔した。 ふと見上げると、半球型住居が多い中珍しく四角柱のビルディングが建っていた。宙高く伸び、ネオンが仄かに光るその様は、まさしく摩天楼。『本』で読んだことのある地球の建物そっくりだった。 「ここ、もしかしてニモ博士の研究所じゃないかしら」 グラウベンの声で、私も気が付いた。そうだ、ニモ博士は惑星アクア出身のアクアリズムだった。 地球から見ると異星人のアクアリズム。彼らは両生類に近い生態をしているが、人間のように知性とコミュニケーション能力を兼ね備えている。非常に友好的で、地球人類をいち早く受け入れたらしい。更に、過去の地球に強く憧れを抱いているらしく、地球学者が多いそうだ。 叔父はそのニモ博士にH.A.N.Sを会わせたかったらしい。しかし、彼も暫く外出しているらしく、研究所内に入ることを許可されなかった。 「まったくもって残念だ!彼だってH.A.N.Sに会いたかろうに!」 叔父は怒りにも似た嘆きを我々に見せた。 「お父様、気分転換にお買い物でもいかがかしら?アクアの名産を見てみたいわ」 グラウベンの気の利かせ方は素晴らしかった。「私も見てみたいです!」と彼女に賛同すると、叔父は「少しだけだぞ」とアクアの街はずれに向かって歩み始めた。 街はずれには海鮮市場が並んでいる。マコウソウやコスモの加工前の姿を初めて見ることができた。H.A.N.Sも興味深そうに見ている。H.A.N.Sがあまりにもまじまじと海鮮物を見つめているので、店主が生簀に案内してくれた。 「ロボットが海鮮物に興味を持ってくれるなんて嬉しいねえ」と、店主は機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。 着いた先にあったものは、私の三倍は高さがありそうな大きな水の塊だった。微小重力のこの星の水分は、塊になり、ふわふわと漂うのが普通らしい。この生簀には小魚や海藻、深海魚も放たれていた。 「ハイ」 H.A.N.Sが生簀を指差し、音声を流す。「鮫」と言っていることは分かった。しかし、指差す方向に鮫はいない。私が首を傾げ生簀に近寄る。H.A.N.Sの指差した方向に、微かに赤い液体が煙を巻くように浮かび上がった! (離れなくては!)そう思った時には、もう遅かった。鋭く尖る牙を何重にも生やした大型の鮫の口が視界を覆う。 痛くない。何故だろう。その時、グラウベンの悲鳴と、モーター音が耳を(つんざ)いた。はっと目を開くと、H.A.N.Sの腕が鮫の口を閉じぬよう、突っ張っていたのだ!私が後ろへ下がるのを確認すると、H.A.N.Sは腕に力を込めるのをやめた。 「H.A.N.S!グラウベン!」 私は叫んだ。鮫がH.A.N.Sに食らいつき、生簀に引き込んだのだ!瞬間、思わず私はH.A.N.Sの足にしがみつき、共に水泡に吸い込まれる。私の足に、何かが触れた気がした。
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