惑星バルケニア

1/1
前へ
/23ページ
次へ

惑星バルケニア

体が燃えるように熱い。 私たちが辿り着いたこの星は、惑星バルケニア。活火山の星である。人類には過酷な環境であるため、人間は住んでいない。では、何故私たちはここにいるのか。それは、アルネ=サクヌッセンムの残した文章に関連があった。 『……日以前、…………噴火口に降りよ。しからば汝は……の中心に到達せむ』 重要な部分が欠如しているこの文章が、H.A.N.Sの音声やハウラベンに残してきた『本』でも書かれているのだ。火山といえば、惑星バルケニアだ。この文章が書かれた地球歴十六世紀では人類は宇宙へ到達していない。ならば、H.A.N.Sが地球について詳しく思い出すかもしれない、と思った叔父は、すぐ行動に移した。 その結果である。空気が喉を通るたび、焼けただれてしまうのではないかと思う。足元の岩はマグマが固まった火成岩らしい。火山の方を見ると、マグマが流れている山がちらほら見られた。叔父やH.A.N.S、ヨースはこの状況でも平気そうなのだ。 ヨースの種族、ジャネックは炎に強い。惑星ヨウスドでは珍しい火を恐れぬ生物なのだ。彼らは保身の為火を噴くことができる、という学者もいるのだが、非科学的であると私は思う。 とにかく、私は息をするのがやっとの状態だった。その様子を見ていたH.A.N.Sが私のハンカチをポケットから取り出すと、船内の水のタンクに浸け口元に押し当てた。幾分か息がしやすくなった。しかし、体を包む熱さに変わりはない。 「このままでは私は焼け死んでしまう。H.A.N.S、何か思い出すことはあるかい?」 叔父は、珍しいではないか、とでも言いたいように目を丸めている。 「ネイ」 やはり、何か大きなきっかけがないと彼は思い出すことができないらしい。そう、きっかけ。 H.A.N.Sが『アルネ=サクヌッセンム』について思い出したのは、ポート・アロナクスで見たノーティラスの計器を見たとき。そして、惑星ヨウスドで叔父の喫煙を見たとき。さらに、惑星アクアで叔父の血を見たとき。 規則性はある。全て叔父に関することなのだ。しかし、考えれば考えるほど難解になる。何故H.A.N.Sとの繋がりの無い叔父と関連しているのだろうか。 頭上にしがみつくヨースが爪を立てたので、思わず悲鳴をあげる。顔をあげると、叔父が近くの休火山に登っているのが見えた。 「待ってください、叔父さん!さあ、H.A.N.Sも行こう」 H.A.N.Sは私を脇に抱いた。驚いて硬直していると、彼は私を抱きかかえたまま岩肌をスイスイと登り始めたのだ。途中で叔父を拾い上げると、さらに速度を上げて登る。山頂にはすぐに到達した。 「惑星ヨウスドとはまた違った景色が広がっていますね」と、叔父に声をかけたが、彼は何かを探しているようで私の声に全く気づいていなかった。 (この景色も、グラウベンに見せてあげたかったな)と私は思った。通信機械だけは無事だったのだが、音声のみのやりとりになる。しかもこの星には、遠くの惑星に飛ばすほどの回線や電波は無かった。もしかしたら、地球についたところで電波が届かなくなるかもしれない。私は、徐々に不安を抱くようになっていた。 「アクセル、噴火口があったぞ!」 叔父がこちらに手を振る。その様子を見た私はため息を漏らした。 「叔父さん、この山の噴火口では意味がありませんよ!地球の中心に辿り着くには、初夏以前にスカルタリスの影がかすめるスネッフェルスのヨクルの噴火口に降りる、こう書いてあったではありませんか!」 (おやおや)と私は思った。アルネ=サクヌッセンムの文章や先ほど言っていたH.A.N.Sの音声には、そこまで書いたり言ったりしていないぞ、と。私は変なことを口走っていた。熱さにやられたのだろう。(やれやれ)と腰を落とすと、ヨースが頬を舐めた。 叔父はこちらに駆け寄り、「その話をもっと詳しく聞かせるんだ!」と顔を寄せて、脅すかのように私の胸ぐらを掴んで体を揺さぶった。 私は自分の発言に自信がなかったが、声に出した。 「ですから、地球にたどり着いてからでないと意味がないのです。アルネ=サクヌッセンムは地球の中心に辿り着く方法を書いているのです」 「その方法は後世で試された、と」 叔父はそう言うと首を傾げた。叔父も私と同じように熱さにあてられたのだろうか。記憶の混同が見られる。 「H.A.N.S、悪いけどノーティラスまで戻ってくれないだろうか。なんだか変なんだ」 H.A.N.Sは急いで我々を抱えると、山肌を滑り降りる。宇宙船ノーティラスを見ると、なんとマグマが迫っているではないか!あの岩漿に宇宙船が巻き込まれては、我々の旅が全て終わってしまう!それどころか、我々の死が直に近づいているのだ!H.A.N.Sの足では到底たどり着けないだろう。しかし、私が走って宇宙船に飛び乗り、操縦すれば回避が間に合うのではなかろうか。 「叔父さん、私が行きます!」 私はH.A.N.Sの腕から抜け、全力で走り出した。呼吸をするたび、喉が、肺が焼けそうだ。火成岩に足を取られ何度もこけそうになるが、その度に大地を踏みしめ態勢を整える。滲む汗は瞬時に乾き、ただただ熱さが全身を包む。我慢ができない。苦しみを走る力に変え、私はなんとか意識を保っていた。 全ては、地球に行くため。そして、グラウベンに再び会うため。 私は宇宙船ノーティラスのもとに辿り着いた。左手でハッチをこじ開ける。感覚などとうに無くなっていた。私は船内に乗り込むと、操縦室に向かう。操縦桿を握り締めたとき、違和感に気付いた。左手の先が無い! その瞬間、初めて痛みに気付いたのだ。汗が噴き出す。目の前にはマグマが迫ってきていた! 「にゃあ!」 ヨースだ。ヨースも付いて来ていたらしい。彼は、焦る私の代わりにギアに食らいつきぶら下がる形で引いた。そうだ、左手が無いなら食らいつくしか無い!操縦桿に食らいつき、全力で引いた。 ノーティラスは宙に浮かび上がる。その下をマグマが流れていった。 なんとか右手だけで叔父たちのもとへ宇宙船を移動させた。叔父の積荷から何かが割れる音がした。船内はぐちゃぐちゃだ。私の顔もぐちゃぐちゃだった。 (ハッチを開けたらどう言われるだろうか)と、私は心配と痛みでいっぱいだった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加