8人が本棚に入れています
本棚に追加
H.A.N.Sの涙
H.A.N.Sが一番にノーティラスに乗り込んだ。私の操縦に違和感でも抱いたのだろうか。彼はすぐに私のもとに寄ると、全身を見た。思わず左腕を隠そうとしたが、すぐに気付かれる。熱で溶けた左手首の先を見た彼は、遮光レンズとオプティックを大きく開いた。次に乗り込んだ叔父も目を見開く。
「その手はどうしたんだ、アクセル!」
声を出そうとしたが、喉も焼けているようでうまく声が出ない。ただ、涙がボロボロと溢れるばかりだった。
こんな姿をグラウベンに見られなくて良かった。ホログラムが壊れてくれて良かった。そう思うほど、酷い顔をしていたのだから。
H.A.N.Sは私の腕の先に自身の布を巻く。焼けた皮膚から微かに血が染み出し布を汚す。張り付く痛みに私が顔をしかめると、H.A.N.Sは「ペイン ペイン ゴー アウェイ」と優しく患部を撫でた。彼のオプティックに冷却水が伝う。溢れたそれは、金属の床に音を立てて跳ねる。涙だ。オートマタH.A.N.Sは私のために涙を流しているのだ。なんて人間らしいオートマタなのだろう。
H.A.N.Sとリデンブロック教授が私を抱きしめる。
「よくぞ守ってくれた」と、叔父は震える声で言った。
「アクセル」
H.A.N.Sの音声が、なんとも人間らしい男の声に変わった。その声には聞き覚えがある。懐かしく、落ち着く不思議な声だ。
「シオ インテル コルディナタス テラ」
H.A.N.Sは珍しく一つの文として言葉を発した。何という意味だろうか。左腕をさすってしばらく待っていると、叔父が声を張り上げた。
「そうか、地球の座標が分かったのか、H.A.N.S!でかしたぞ!」
H.A.N.Sが操縦席のモニターに数字を打ちこむ。すると、今まで『本』で幾度となく見た地球の写真が映し出されたのだ!
何故、今まで誰も知らなかったのだろう。確かに、この惑星バルケニアやハウラベンのある第二銀河系からは遥かに遠い。だからといって、第一銀河系、天の川銀河に人類が居なくなった訳ではない為、情報が残っていたり、地球に到達する星人がいるはずだ。地球が無くなった訳ではないのだから!
では、何故みんな母星を忘れていたのだろう。考えれば考えるほど分からない。私は叔父の方をちらりと見た。彼はすぐにでも行きたい気持ちと、私を心配する気持ちで葛藤していた。
「私は大丈夫です。行きましょう、地球へ……」
母なる星、地球。私はずっと憧れて生きてきた。それは、叔父オットー=リデンブロックも、我が父ハンス=リデンブロックもそうだった。私以上に憧れ、学んだ。父は天上世界マクロから見てくれているに違いない。
志半ばで亡くなった父。その意志を私が継ぐしかないのだ。そして、愛しのグラウベン。彼女を必ず地球に連れて行く、そう誓った。
私は行くしかないのだ。ヨースを抱きしめると、顔を上げる。
「では、行こうかアクセル。天の川銀河に向けて出発だ!」
そうだ。愛する者のために、私は進もう。
「はい!」
H.A.N.Sは頷くと、力強く操縦桿を握り締めた。
最初のコメントを投稿しよう!